血と愛

□10:そして、蘇る
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 ぶっちゃけ、僕という枷のなくなった御剣と、縦横無尽に魔法を駆使する千尋さんの二人にかかれば。
 形勢はあっという間に逆転だった。

 僕はといえば、うん。
 人外の中でも人間より強いってだけの、所詮底辺ですから。
 ただの下僕ですから。
 いいよもうソレで。

 そんな風に、いじけた思考に陥りたくなるくらい呆気なく、狩魔豪の配下たちがバッタバッタと倒されていく。
 あんなに決死の覚悟で御剣の前に立ったのになぁ、なんて思わず遠い目しちゃうくらいだった。


 圧倒的に不利になった吸血鬼たちが、一人逃げ、二人逃げ。
 そうして傍目から見ても僕らに軍配が上がる頃、大吸血鬼同士の闘いにも、終わりが近づいていた。

 見るからに、五分五分という拮抗した状態で、どちらも無傷というわけにはいかないみたいだった。
 ずっと余裕たっぷりに振る舞っていた狩魔豪が、肩で息をしている。
 対するゴドーさん(と、心の中でだけ呼んでみる。どうやら千尋さんとは旧知の仲らしいし…)は、相変わらず不敵な笑みを浮かべてはいるけど、その肩や腕に無数の傷を負っていた。


「ヌぅ…! 小癪なぁっ」
「おいおい、熱くて飲めないコーヒーなんざ、ただの黒い飲み物だぜ?」

 あ、でも飲み物に変わりはないんですね、とか思わずツッコミ入れちゃったよ!
 その次の瞬間には、熱くて黒い飲み物がバシャァッと頭からかけられてビックリする。
 熱い、けどそれ以上に「あの戦闘の最中もコーヒー手にしてたんですか…」ていう、色んな意味でツッコミどころ満載な疑問で固まった僕は。
 すぐ横にいた千尋さんからも、なんだか痛い視線を向けられてしまった。


 狩魔豪は、僕らの相手をしていた配下の吸血鬼たちが、ほぼ壊滅状態なのを横目で見ると、忌々しそうに顔を歪めて。
 それから、何故なんだろう、急に全身に漲らせていた魔力を、スッと霧散させた。

「…? どういうつもりだ」

 対峙していたゴドーさんが、僕らの声を代表するようにそう聞けば。
 不意に俯いた大吸血鬼は、それから肩を震わせて、唐突にフハハハと笑い出した。
 その、異様な展開についていけず、呆気にとられた僕らの隙を突いて。

 予期しない『気配』が、動いた。
 と同時に、傍らに立っていた御剣の体が、ぼうっと佇むだけの僕の視界を、覆う。


 あ……、と。
 思った時には、もう遅かった。


「…っ!」

 声もなく、目の前で眉根を寄せて苦しげに、その端整な顔が歪んでいく。
 そうして、その体がぐらりと、揺れて。

 僕を庇った、御剣が、倒れてくる。


「……御剣!!」

 抱き合う格好になりながら、その名前を呼んでいた。
 かはっ…と、その唇から掠れた咳と一緒に血が吐き出されて、僕の肩口が赤く染まる。
 驚愕に見開いたこの目が映したのは、倒れ込んだ御剣の背中に、深々と突き刺さった銀色のナイフだった。


「あら惜しい。もう少し左だったら、仕留められたのに」

 すぐ近くから、軽やかな、まるでこの場に似合わない、声が聞こえた。
 ……とても、とても懐かしい、その声は。
 僕の時間を、止めた。


「……え?」


 どうして。
 もう何度、心の中で呟いたかわからない言葉が、再び体中を駆け巡る。

 わけが、わからない。
 もう、本当に、わからなかった。
 目眩すら覚えて、吐けそうなほど、僕は目の前に佇む『彼女』に衝撃を受ける。


 人間として生活していたあの頃を、思い出すたびに辛かったのは、哀しかったのは。
 その記憶が、あまりにもキラキラしていたからだ。
 その、一番煌めいていた輝かしいあの日々を、彩って、象って、飾る『彼女』の存在は。

 例えその別れが、あんなに残酷なものだったとしても、それでも、僕の心の中で百年の間も色あせることはなかった。


「ちー、ちゃん……」
「お久しぶりね、リュウちゃん」


 決して、色あせることのなかった、思い出の中の彼女は。
 だけどどうしてなんだろう、あの、別れの日と同じ、いやそれ以上に酷く歪んだ笑みを、浮かべていた。

 ピシャリと、空と大地がひとつ震える。
 まるでこの驚愕を反映したかのように、厚く重苦しい雲の合間に走る、稲光。
 途端に、ざぁあと音をたてながら、大粒の雨がまるで涙みたいに、降り出して。


 嵐の始まりを、告げていた。
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