血と愛
□10:そして、蘇る
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*10:そして、蘇る*
気がつけば御剣と僕、それぞれに強力な防御魔法がかけられていた。
やっとね、一人前の魔女になれたんだよ。
そう言って、真宵ちゃんは驚く僕と御剣の前にひらりと降りたって、それから突然の闖入者に眉を顰める狩魔豪へと、顔を向けた。
凛としたその横顔には、緊張感が漂ってはいても、恐怖や畏怖といった負の感情はなくて。
思わず彼女を庇うことも忘れて、その佇まいに魅入られた。
「三大吸血鬼の一人、狩魔豪。お姉ちゃんの仇。なるほど君と御剣さんまで殺そうとするなんて、絶対に許せない。ずっと、今日のために修行してきたの」
「えぇえっ、そうなの?!」
そうだったの?!
全然知らなかったんですけどッ。
もう何度目になるんだろうか、今日一日で百年分ぐらいビックリしている気がするよ。
僕がちょっと外出していた間に、千尋さんは殺されてしまっていた。
自分の無力さ、無能さに絶望しながらも、ずっと犯人が誰なのか探ってはいたけど。
眷属にさせられてしまって自由になる時間もなく、僕は僕自身のことでいっぱいいっぱいだったから。
百年も経ってから真宵ちゃんから真相を聞くとか、何だか本当に弟子失格すぎて、笑えもしない。
すみません千尋さん。
胸中で申し訳なくて謝り倒していたら、真宵ちゃんがポンと肩を叩いてくれた。
「自信持って、なるほど君。お姉ちゃんが弟子にしたのは、後にも先にもなるほど君だけだよ! ボッコボコにされるってわかってるのに、御剣さんを庇って大吸血鬼に立ち向かうとか、なるほど君にしかできないって。お姉ちゃん、絶対に褒めてくれるから」
……その前に、無謀にも程があるって怒られる気がするよ、真宵ちゃん。
色んな意味で痛いフォローをもらいつつも、お陰で僕はこんな危機的状況にありながらツッコミ入れられるぐらい、心に余裕を取り戻せた。
でもまぁ、それでも圧倒的に不利な立場にあることは、変わらないんだけど。
「真宵くん、どうしてここに! いくら修行を積んだとはいえ、大吸血鬼に敵うものかっ、今すぐ逃げたまえ!」
余裕がないのは御剣の方だったようで、真宵ちゃんに必死な形相でそう窘める。
対する彼女は、場違いなほどの暢気さでニッコリ笑った。
大丈夫なんですよ、とその顔が言う。
御剣が再び何か言おうとしたけど、その前に魔王が吼えた。
「たかが小娘一匹増えたところで、何ができる! 余計な手間をかけさせおって、このゴミ共がッ」
その右手から繰り出された衝撃波が、真宵ちゃんの築いた防御壁に目に見えてヒビを走らせる。
あと一回も保てば上出来、といったところだろう。
やっぱり御剣の言う通り、真宵ちゃんを巻き込みたくはないし、逃げてって言おうとした、僕は。
でもその口を開きかけたまま、ものの見事に。
文字通りカチンと、固まった。
「……え?」
「な…!?」
「き、貴様は…!!」
僕だけじゃなく、驚いたのはその場にいる全員だった。
もちろん、吸血鬼の王である男も例外じゃなく、むしろ一番動揺していたかもしれない。
無理もないだろうと、僕の脳内のどこか冷静な部分が、そう呟く。
そう、無理もない。
だって、僕らの目の前には。
さっきまで『真宵ちゃんだった人』が、全く違う姿でそこに、腕を組んでしっかりと佇んでいたんだから。
すらりと伸びた手足は細く長く、腰の括れははっきりとスレンダーさを強調するのに、その胸には見事な谷間を有して。
口元のほくろ、黒く長い睫毛に縁取られたどこか妖艶さを醸し出す、その瞳。
見るからにふっくら柔らかそうな唇は、淡い紅色に染められて、魅惑的な笑みを浮かべている。
偉大で、強くて、とても魅力的なその人は。
「……ち、ひろ、さん…?」
僕がこの上もなく尊敬し、目指した、その人。
お師匠様と仰いだ、綾里千尋さん、だった。