血と愛

□9:奥底にあったもの
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 無我夢中だった。

 気がついた時には、体が勝手に動いて、御剣に突きつけられた剣を弾いていた。
 御剣の前に庇うように立って、狩魔豪とその配下の吸血鬼たちに対峙する。


「…成歩堂!?」

 目を見開いて驚く男の顔なんて、本当に久しぶりに見た。
 それこそ出会ったあの日以来なんじゃないかと、なんだか可笑しくなった。
 暢気に笑っていられるような状況じゃ、ないんだけどさ。

「どういうつもりだ、元人間。殺されたくなったか?」

 嫌な嗤いを浮かべる大吸血鬼に、否応もなく圧倒されながら、それでも僕はここから動く気にはなれなかった。
 馬鹿だなぁとは、自分でも心底思うけど。

「殺されたくはないですね。でも、御剣が僕を庇ってあなたのもとに行くのは、それ以上に嫌なので」


 そう。
 ごちゃごちゃ考えるのが、面倒くさくなった。
 究極的に、面倒くさくなったんだよ。

 わからないことは、いくら考えたってわからない。
 御剣の抱えてる事情も、大吸血鬼との関係性も、何もかも。
 僕はどこまでも蚊帳の外で、誰も教えてなんてくれないだろう。

 だから、僕はもう考えることをやめた。
 ただ単純に、純粋に。
 御剣が僕に「愛している」とか言いながら、諦めた顔をして離れていくのが。

 どうしても、心の底からこの上もなく、ムカついたんだ。


「十発、いや二十発は殴らないと、気が済まないし。殴らせてもらうためには、傍に居てもらわないとなぁって」

 ホントは百発とか言いたいところだけど、現実的に考えてみると、百発も殴ったら僕の拳がもたない。
 ああ本当に忌々しい男だな、御剣。

 鼻息荒く言えば、背後の男がおろおろと困惑する気配がして。
 チラッとその顔を盗み見れば、とんでもない混乱と焦燥と驚愕に狼狽えてます、ってな顔してたから。
 ちょっと胸がスッとした。

 まぁでも、たかが眷属の僕が躍り出たところで、この人数にラスボス級相手じゃ、多勢に無勢だけどさ。
 ちょっと冷静に考えれば、すぐにだってこの体は恐怖に縮こまる自信があるよ。


 だけど。
 僕は、御剣の居ない世界に、たった独りで生きていくだなんてそんなこと、それこそ考えられない。

 殺したいほど憎んできたし、今だって全部赦せているわけじゃない。
 それでも。
 僕は、他の誰かに御剣という男を自由にさせてやれるほど、心が広くなんてない。


 御剣は、僕の主だ。
 誰にも、何にも譲れない、『僕のもの』だ。


 そこまで考え至って、唇は皮肉さに歪む。
 ああ、僕もすっかり思考回路が吸血鬼のソレだなぁって、自分に呆れてしまったから。


「ハッ、茶番に付き合うほど暇ではないわ。そんなに死にたければ、死ね!」

 怒号と一緒に、配下の吸血鬼たちが一斉に襲ってくる。
 ナイフ一本でその全てを防ぎきれるわけもなく、肩に足にざっくりと刃が食い込んできた。

「成歩堂!!」

 さっき剣を捨ててしまったから、丸腰の御剣が素手で応戦しつつ、僕の名前を呼ぶ。
 自分の心配しろよ、とか思ったけど、素手なのに僕より無傷でちょっとムカついた。
 まぁ、向こうは生け捕り対象、こっちは殺戮対象だし、当然と言えばそうか。

 わぁ、こんな時までなんて理不尽。
 やっぱ忌々しい男だ、ふざけんな御剣!

 そんな脳内での軽いツッコミも、続いて繰り出される攻撃の嵐に、すぐに余裕はなくなった。
 もともと、眷属でしかない僕は、戦闘力だって純吸血鬼に比べれば相当劣るんだ、こうなることは目に見えていた。

「ダメだ、避けろ成歩堂!!」

 無茶言うな!
 背後からの必死な声に、悪態つくことさえできない。
 御剣は御剣で、素手でありながら襲い掛かる敵を次々と倒していくけど、それでも僕を庇うだけの余裕はないんだろう。

 左右真ん中と三方向から、同時に鋭い刃が降ってくる。
 ああ、そろそろヤバいかな、なんてひどく冷静に思って、胸中で溜息をひとつついた。
 こんなところで死ぬのかぁとか、どこか諦めの境地で迫りくる剣先を眺めていたんだけど。


 ガギィン!
 てな音がして、僕の目の前でその剣が弾かれた。

 魔道士見習いだった元弟子の僕には、ソレが何かがすぐにわかって、だからこそ呆然とする。
 目の前に築かれた、淡く光る防御壁。
 吸血鬼たちの剣が折れるほどの、強力な魔法壁を作れる存在なんて、この世に僕は一人しか知らない。


「なるほどくーん、みつるぎさーん! 遅くなってごめんねッ」


 まさしく天の助けっていうのは、こういうことを言うんだろうな、なんて。
 僕は呆気にとられながら思った。


 箒に乗って、遥か夜空から。
 風に髪と服をなびかせて、彼女はふてぶてしく笑った。
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