血と愛

□8:廻る半分の
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*8:廻る半分の*


 吸血鬼の日常は、ぶっちゃけ陰気で怠惰だ。
 主である御剣は、書斎に籠もって何やら書類を読んだり書いたり、かと思うと気まぐれに自分の血を魔力で凝固させて『妙薬の結晶』を作ったりしてる。

 地位は驚くことに、領主なんだとか。
 あ、人間のじゃなくて、吸血鬼社会での、って意味らしい。
 でもこの吸血鬼社会、領主なんて必要あるのか? って真顔で聞きたくなるくらい、自由奔放すぎて理解に苦しむ。

 つまり元人間の僕からすれば、御剣が領主としてどう働いているのか、さっぱりわからなかった。
 まぁ、別に興味もないし、知ろうとも思わないけど。

 そんな彼の眷属である僕はというと、書斎に籠もってる主のティータイムをせっせと用意したり、無駄に広くて古い屋敷内を掃除したり。
 トイレを掃除したり掃除したり、スイーツ作ったりして日々が過ぎていく。
 そして時々、御剣に血を吸われる。

 僕は、僕以外の人間(と書いて、エモノと読む)が、御剣の食料となっている場面を見たことが、ない。
 この百年というもの、ただの一度もだ。

 きっと僕の目を盗んで、どこかで食料調達しているんだと、そう思い込もうとしたこともあったけど。
 血の匂いは吸血鬼にとって、芳しい極上ステーキだ。
 御剣が純粋な人間の血を『食事』したならば、僕にはすぐにわかる。
 なのに、ただの一度もそんな日は訪れていない。

 吸血鬼と眷属の関係って、永遠の食料となり続ける、という意味でもあったんだろうか?
 不思議でしょうがなかったから、狩魔冥に聞いたら『果てしないバカを見る目』で見られた。
 しかもムチで叩かれて、あれは酷かった、もう二度と聞かないよ、うん。

 闇夜にあっても、僕の目はとてもよく見える。
 玄関先に出て箒を持って枯草を掃くことも、よくある一日の作業だった。
 微かな湿った匂いが空気に混じっているから、真夜中過ぎぐらいから雨になるかもしれないな、なんて思いつつ。
 無心に箒を動かして、玄関先が綺麗になっていくのを見ていたんだけど。

 ふと、顔を上げればそこに。
 前触れもなく、唐突に『彼の人』は立っていて、そうして僕を一瞥すると鼻で嗤った。

 その、突然現れた圧倒的な迫力と尋常じゃない威圧感に、僕は呆気にとられた。
 久しく忘れていた、畏怖というものが、胸の内側から競り上がってきたからだ。
 バサァッてな音が聞こえてきそうな、真っ黒いマントには金の刺繍が随所に散りばめられ、御剣のヒラヒラをもっとヒラヒラさせたような白いクラバットの真ん中に、翡翠の宝石が埋め込まれたチェーンカフスが大きく存在を主張している。

 僕の主は相当な派手好きだと思ってきたけど、これは……まさに上には上がいるということだなぁとか、どこかぼんやりとそんなことを思った。
 というか、思考をあえて逸らしていないと、冷や汗と脂汗とナニかの汗で、立っていられなくなりそうだったからだ。

「……ふん。貴様が、あやつの眷属になったという元人間か」

 縮み上がれそうなほどの低い低い声が、僕にかけられた。
 わぁ、声かけられちゃったよ。
 ちょっとマジ勘弁して下さいよ、僕はあなたからしたら、ハッキリ言って赤子同然、いやむしろミノムシ以下ですいっそ無視してやって下さい。
 そんなことを脳内でツッコミながらも、片膝をその場でついて、胸に手を当てて最上級の礼をとる。


 三大吸血鬼の一人である、狩魔豪が、目の前に立っていた。


 噂には聞いていたけど、そのとんでもない迫力に、生きた心地がしない。
 誰が相手でも軽口を叩いてきたけど、こいつは駄目だと本能が告げてくる。
 深く頭を下げながら、ただ唾を飲み込んだ。

 そうしながらも、僕は周囲の気配を探ることをやめない。
 屋敷の周りはいつの間にか完全に囲まれていた。
 それも、相当数の殺気を隠しもしない吸血鬼たちに、だ。

 そう、殺気。
 僕が一言でもなにか無意味ととれる言葉を発せば、瞬時に首と胴体がさようならできるほどの、ソレがびしばしと伝わってくる。
 いくら吸血鬼が不老不死だとは言ったって、体を真っ二つに分けられてしまっては、ひとたまりもない……多分。

 先日の襲撃者たちの一件から、一応この腰には大ぶりのナイフがひとつ下がってる。
 御剣を害する輩には、これで排除しなければならないと、血の盟約に縛られた身として充分に承知しているけれど。

 うん、死ねるね、これは。
 この目の前の男は、正真正銘の吸血鬼の始祖、始まりのバケモノだ。
 その体に漲る魔力・体力・知力・気力、すべからく最高峰にあって、たかが眷属なんて片手で捻りつぶせるだろう。

 それでも、僕はすぐにでもナイフに手を伸ばせるよう、全身を緊張させながら跪く。
 どうして三大吸血鬼の、しかも御剣が師匠と仰ぐ男が、この屋敷に他の吸血鬼たちを引き連れてやって来たのか。
 どうして、今にも全面戦争でも始めそうなほどの、殺気を隠しもせずにいるのか。

 ありとあらゆるこの状況に対する疑問が、次々と頭を過ぎるけど、最終的に端的な言葉を選ぶなら。
 絶体絶命の大ピンチだってことだけは、確かで。


 それを、悲しめばいいのか、喜べばいいのか……僕にはまだ、わからなかった。
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