血と愛

□7:堕とされた世界
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 半年に一度だけ。

 僕は掃除も給仕もスイーツ作りも、何もかもを放り投げて、自室に閉じこもる。
 無駄だとわかっている、それでも、布団を頭から被り、蹲って。
 時間が経つのをただひたすら、脂汗を垂らしながら待つ。

 鍵をかけていても、そんなものは無意味だ。
 主である忌々しい男は硬い靴音と一緒にやって来て、許可もなく部屋に押し入ってくる。
 それでも僕は、決して寝台から顔を上げはしない。

 そんなこちらの様子なんて、お構いなしに寝台脇に腰かけて、忌々しい言葉を囁くんだ。
 優しく、どこまでも穏やかな、幼子を宥めるような、声音で。


「辛いか。苦しいのだろう? ……相変わらず、頑固なことだな」


 僕は布団の中で、ぎゅっと唇を噛み締める。
 震える呼吸すらも、この男の耳には入れたくなかった。


「我慢などするな」


 うるさい。
 うるさいッ。
 我慢?
 そんな簡単なもので、この胸の鬱屈や怒りや憎しみや狂気を、全て晴らすことができるなら、どんなことにだって耐えてやろう。
 どんな屈辱を強いられようと、我慢し続けてみせるさ。

 だけど、これは。
 これだけは。


「無駄だと、わかっているのだろう? とうの昔に、思い知っているだろう?」


 ああそうだ、わかっている。
 どうしようもない、この絶望と悲嘆に彩られる夜を。
 僕は、もう何度も、幾夜も、重ねてきてしまったのだから。

 だけど、だけどそれは、決して。

 唇を噛み締める、血が滲むほど。
 しまったと思った時にはもう、遅いんだ、いつだって。

 震えが抑えられない。
 自身の体内を暴れまわる凶悪なソレが、目を覚ましてしまう。
 ああ……今夜も、僕は。


「そうだ、君は私の、この、私の眷属。決して、逃れられはしないのだよ」


 誇ればいい、そう、言いながら。
 化け物が、その鋭い爪と圧倒的な腕力で、この体を覆っていた布を切り裂いた。
 舞い散る布片と羽毛の合間から、金色に輝いた獰猛な瞳が、僕を見下ろす。

 いっそ恐怖で竦めたなら、どれほどマシだっただろう。
 僕はもう、戻れないのだと、今夜も思い知る。
 恐怖ではなく、期待に喉を鳴らせてしまう自分を、自覚して。


「本来ならば、きちんと獲物を喰らうべきなのだが……君は、本当に」


 頑固だ、ああ、そうとも。
 僕は決して、決してそれだけは、自分に許すことはないだろう。
 人間を、人間の生き血を、啜るだなんてそんな、こと。

 ギシリと、二人分の重みを受けた寝台が音をたてる。
 破かれた布団の代わりに、壮絶な色気を伴った笑みを浮かべる御剣が、僕の体を抱き締めた。

 抱き締められて初めて、いつも身なりをきっちりと整えている彼が、こんな時に限ってシャツ一枚だと認識する。
 ゆっくりと、焦らすように、その襟元を自ら緩めて。
 その所作は流れるように洗練されていて、どこまでも美しいから。


「さぁ、成歩堂」


 僕は……誘われるまま彼のうなじに、牙を突き立てた。
 つぷりと、呆気なくその肌に食い込んで。
 じわりと口腔に広がる、それは御剣という男の、甘く苦い蜜のような……バケモノの、味。

 美味しくて、あまりにも、美味しくて。
 溺れそうになるほど、喉が鳴る。
 もっと深く、もっと味わい尽くしたいと、ただ無心で舌を這わせて、嚥下する。


「……泣くな、成歩堂」


 そっと抱き締めてくる腕が、この体を撫でていく。


 まるで優しく労わるような、慈愛溢れる手のようだと。
 そう、一瞬でも錯覚してしまう自分に、途方もない虚しさを抱いた。
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