血と愛
□6:夢と魔女っ娘と元弟子
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何の躊躇もなくこの屋敷にやって来た真宵ちゃんは、僕の人間時代からの知り合いであると同時に、御剣にとっても数少ない知人ってやつにあたる。
普段から傲慢で不遜でプライド高いあの男が、この少女の前では戸惑ったり慌てたり、果ては微笑を浮かべたりするもんだから。
初めて目にした時には、そりゃもう心底ドン引きした。
お前ってショタコンなだけじゃなくロリコンな変態だったのか!
とか言ったら、お仕置きと称して大変なことさせられたっけ。
あの日の出来事については、もう二度と思い出したくない。
ちなみにショタコン疑惑は今でも根強い。
なんせ当時十歳そこそこでしかなかった僕を、あいつは眷属に選んだんだからね。
「御剣さんはお留守なの?」
「うん、例年通り、どっか行ってるよ」
そう返答しつつも、真宵ちゃんが何だかんだと言いながら、御剣が居ないことを見越してやって来ていることはわかっている。
彼女は、というより『彼女も』と言うべきなんだろうか。
決まって、この日、御剣が青いローブを纏う日にこの屋敷にやって来る。
何か、特別な記念日なのかと訝しんだ時もあるけど、その割にはパーティーしたりお祝い事のような雰囲気はない。
応接室でお茶とその日のスイーツを持っていけば、彼女は歓声をあげて「いただきます!」と言うなり遠慮なく頬張る。
その様子を見ている、こちらまでが幸せな気分になれそうなほど、その姿は微笑ましいものだ。
これで二百歳を超えているだなんて、まったく女性の年齢詐欺もここまできたかという感じだ。
まぁ、亡き千尋さんもそうだったけど。
お師匠様は厳しくも慈愛ある素敵な魔女さまで、見た目は二十代後半から三十代前半といった感じの、美人女性だった。
十三歳から弟子入りした僕から見ても、とても魅力的なバストと行動力のあるお姉さんで、御剣とはまた違った意味で憧れの存在だった。
だけど、僕が御剣の眷属としてゆっくり、ゆっくりと自覚もないままに体と魔力を変質させていく過程で、千尋さんは亡くなった。
魔女は吸血鬼と違って、不老ではあっても不死じゃないから。
致命的な傷を負ってしまえば、人間と同じように血を流して息絶えてしまえるんだ。
……あの時のことを思い出すと、今でも胸が潰されてしまいそうな痛みを訴える。
僕は、きっと弟子失格だった。
「……なるほど君ってば!」
「は、……え?」
瞬きを繰り返すこちらを、呆れ顔で見つめる真宵ちゃんが目の前にいた。
どうやら物思いに耽りすぎていたようだ。
「んもぉ、またボンヤリしてたよ、なるほど君。疲れてるの? 最近寝れてる?」
大丈夫…?
そう聞いてくる彼女の声音にも眼差しにも、こちらを純粋に心配する心が宿っていて。
僕は久しぶりに、本当に久しぶりに仮面を取り払った笑顔を浮かべることができた。
「うーん、実は、ちょっと夢見が悪くてね」
「夢って……あの夢?」
千尋さんが生きていた頃からの付き合いの真宵ちゃんだ、僕が見ている夢の話はとっくに知っている。
そう、あの、悲しい別れを見せられるだけの、夢。
ひとつ頷いて彼女を見れば、その真剣な視線に捉えられて、相談するつもりなんてサラサラ無かったっていうのに、唇からは呟きともとれる意図しない音が漏れた。
「どうして、あの人は…………れなかったんだろう……」
愛していたのに。
あんなにも、愛し合っていたのに。
居ても立ってもいられないような、そんな心地にさせるっていうのに、ただ僕はその感情に呑まれるだけで。
どうして。
どうして……。
答えの出ない疑問がぐるぐる廻る、そんな僕に。
いつの間にか傍に寄ってきていた真宵ちゃんが、肩をポンと軽く叩いた。
「……その夢はね、なるほど君。もう二度と、間違わないための、大事な大事なものだから」
だからどうか、赦してあげてね。
そう言った彼女はだけど、何に対して、誰に対して『赦して』なのかは、決して教えてくれなくて。
ただその真っ直ぐに見つめてくる潤んだ瞳に、どこか、狩魔冥と同じ色を宿しているような、そんな気がした。