血と愛

□5:赦さない、赦されない
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 ああ、またこのパターンか、という思いが顔に出ないように気をつけながら。
 僕はその殺されても疑問に思わないほどの強烈な視線を、真正面から受け止めた。
 そうすれば、その麗しい美貌が、いつも通り憎々しげに歪んでいく。

 彼女は会うたびにこんな顔を僕に向けるんだけど、今日も例外ではないようだ。
 こっちとしては、狩魔冥に何かした覚えはこれっぽっちもなく、というか初めて出会った当初から、僕に対する風当たりは何故だか痛いものだった。

 最初は疑問に思うばかりで、どうしていいのかわからなかったんだけど、それももう百年以上も改善されなければ慣れるしかない。
 僕が何をどう言ったところで、彼女は僕を『赦さない』みたいなので。


「相変わらず忌々しい男ね、成歩堂龍一。どうしてそんな飄々と立っていられるのか、神経を疑うわ。……あなたのせいで」
「やめたまえ、冥。成歩堂に罪はない」
「罪ですって? そんな軽い一言で、この男のしたことが表現できるとでも思っているの、怜侍。あなたは」
「冥! それ以上は必要ない。君にはすまないと思っているが、これは、私の問題だ」


 これももう辟易するほど何度も、目の前で繰り広げられてきた光景だった。
 だから僕としては、よくもまぁ飽きないねぇ、という感想しか持てない。
 そんな僕の態度こそが、彼女にとっては忌々しいものでしかないんだろうけど。

 もういい、と狩魔冥はうんざりしたように首を振る。
 それから、僕も御剣もまるで無視して、カツカツと硬い靴音をたてながら去っていく。
 僕は苦々しい顔をして彼女の背中を見つめる御剣を見て、それから自分の手元にある渡しそびれた手土産を見て。
 はぁ、と溜息をひとつついてから、仕方なく狩魔冥を追いかけた。


「待ってよ、狩魔冥。手土産のスイーツ忘れてるよ。いらないなら、僕が御剣に内緒で食べるから、それはそれでいいけど」

 それでも一言「いらない」っていう言質は取っておきたい。
 バレた時にウザいくらいみみっちぃことを言ってくる、御剣への対抗策としてね。

 玄関扉の前で、彼女はこちらに背を向けたまま立ち止まった。
 そうして振り返らないまま、その華奢そうに見える体から発されていた威圧するような怒気が、だけどすっと消え失せていくのを感じた。


「変わらないのね、成歩堂龍一」
「……」


 ええそりゃもう人間やめさせられて百年ですから、とは、さすがに返せない雰囲気だ。
 苦手なんだけどなぁ、とか思いつつ沈黙を保っていると、彼女がくるりと振り向いて。


「あなたは変わらない。だから……だからこそ、私は赦せない」


 その瞳に浮かぶのは怒りではなく、深い、深い……哀しみ。

 どうしてなんだろう、といつも僕は疑問に思う。
 彼女から、こんな瞳で見つめられるたびに、居心地が悪くて。
 赦せないのはこっちだと、別にお前たちみたいなバケモノから赦してもらおうだなんて思わない、と。
 そんな恨み辛みの籠もった怒りは、こっちこそが苦しいぐらいに抱えているっていうのに。


「……ごめん、ね」


 ともすれば泣き出してしまえそうなほどの、この胸奥から湧き出る感情を、何て呼べばいいんだろう。
 僕にはどうしてもわからない。
 わからなくて、途方に暮れて、結局はこうして謝ることしか、できないでいる。


 そのたびに彼女が、ほろ苦い何かを飲み込むように、ぎりっと唇を噛み締めることを、知りながら。
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