血と愛

□5:赦さない、赦されない
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*5:赦さない、赦されない*


 この世界には『魔法』と、『魔術』と呼ばれるものがある。

 どちらも様々な種類があるけれど、自然界における『魔力』という、目には見えない力を使うという原理は同じだ。
 魔力は生きとし生けるモノならば必ず持っていて、それを可視化することで起こる力の働きを、用途に合わせて使えるように『加工』したものを『魔術』という。
 可視化するために特定の条件や術式を組まなければならない魔術とは違い、より魔力の傾向性を重視して、それらを自在に操ることを『魔法』という。

 ちなみに、人間に魔法は使えない。
 魔力そのものを術式も組まずに使えば、その強大な力に耐えられずに肉体が滅んでしまうから。
 もちろん、決して誰もが使えるわけではなくて、国から『魔道士』として認められた人間だけが、使用を許可されている。
 その認定を得るためには、才能とか修行とか勉強とかまぁ、それはそれは気の遠くなるような時間が必要なんだけど。

 でも『国の認定』なんてのは、あくまでも人間社会での話であって、魔力を使える存在はなにも、魔道士に限られたものじゃない。
 吸血鬼は、基本的に修行なんて最初からいらないレベルで魔法が使える。
 もともとの造りというか、初期値が違うんだろうけど、人間のそれとは比べ物にならないほどの威力だ。

 なんていうか、ホントになんで世界には、こんな化け物が生まれてしまったんだろうと思うけど。
 だけど彼らが世界を支配しているかというと、実はそういうわけでも、ない。

 なんたって個体数が圧倒的に少ない。
 ていうか少なすぎる。
 むしろ絶滅危惧種に認定してもいいんじゃないかってぐらいだ。

 吸血鬼がもともとどうやって生まれたのか、そもそも進化の過程で生まれた突然変異種なのかも、解明されてはいないけど。
 ひとつ確かなことは、滅多に死なない代わりにその繁殖能力はとても低い、ということだ。
 病気になることもないし、傷を負うこともなければ年老いることもない、そう考えればいくらでも増えそうなものなのに、彼らは『だからこそ、子孫を残すという概念を持たない』存在になったと考えられる。

 例外もいるらしく、吸血鬼同士で結婚(というか、つがい?)したケースもあるようだけど、基本的に単独行動を好む習性が強い彼らは、その永い一生をほとんど独りで過ごす。
 ただし、眷属を持った者は除く、という但し書きに、僕の主である御剣という男は該当するわけだけど。
 僕は吸血鬼について、これまで述べてきたある程度の知識というものは、人間として生活していた頃から得ていて、それ以上の疑問を持つこともなく過ごしていた。

 でも、眷属に否応もなくなってしまった今、ひとつの事実を強烈に痛感する。
 それは、吸血鬼がなぜ増えないのか、という問いへの根源的な答えになるんじゃないかと思うんだ。

 つまり、吸血鬼は。


「誇り高い一族なのよ、私たちは」


 胸を張り、腕を組んで威風堂々と言わんばかりに仁王立ちした女性が、そのキリリとした顔に冷笑を浮かべて、まるで女王のような雰囲気を放ちつつそう言った。
 誇り高い、と自分から当然のように口にする彼らは、僕から言わせれば『傲慢でプライドが高いっていうか塊でどこもかしこもカッチカチなだけ』なんだけど。

 そう、彼らはプライドの塊で、自分たちこそが捕食者の頂点で。
 だから人間みたいな下等生物はとことん蔑んでも構わない、わけだ。
 そんな吸血鬼一族の中にも、更に階級制度みたいなものがあって。
 吸血鬼の始祖と呼ばれる三大純血種が例えるなら王族、その始祖の血族に連なる者たちが貴族、その血が薄まれば一般市民扱いで、途中から吸血鬼になった元人間の眷属なんてのはまさしく奴隷、といった感じになる。


 そんな特徴や価値観を、余すことなく兼ね備えた彼女は、狩魔冥という、紛れもない吸血鬼一族の一人だった。


「なのに、怜侍! 貴方はどこまでバカなのかしら。卑しい人間を、しかもこんな腹が立つほどバカバカしい男を眷属にするだなんて!」

 バカって言う方がバカなんだぞ、というそれこそバカバカしい反論は、彼女の振るわれたムチによって遮られた。

「いだぁ…! ぼ、暴力反対ッ」
「ふぐぉッ、…冥、出会いがしらに振りかぶるのはやめたまえ!」

 御剣の背中に避難すれば、代わりに彼がそのムチの洗礼を浴びることになる。
 問答無用で彼女のムチが僕らに降り注ぐのは、実はもうこれが僕らの挨拶と言ってもいいぐらいに定例化していた。
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