血と愛
□4:魔法使いと出会う夜
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*4:魔法使いと出会う夜*
違う、僕は盗んでなんていない!
違う、違う違うっ。
いくら首を振っても、拙い言葉で否定しても、誰も信じてくれなかった。
つい昨日まで、笑い合っていた友達はもちろん、大人たちまでが、僕を疑って。
逃げた。
逃げる以外に、小さい僕ができることなんてなかったからだ。
それが、自分自身の立場をもっと悪くすることだと、わかっていても。
教会に併設された孤児院の裏に、鬱蒼と広がる森は昼間だって薄暗い。
ましてや、夜なんて誰も出歩かない、そこに飛び込んだのはただ衝動的なものだったけれど。
月の光も届かない、完全な暗闇が支配するその森の入り口で、僕は膝を抱えて泣いて。
泣いて、泣いていた。
どれくらいそこに居たのかわからないけれど、声が枯れて、ひくりと痙攣する肺が次第に落ち着きを取り戻す頃。
「なにを泣いているのだ?」
低い大人の声、唐突な問いかけがすぐ傍から降ってきて、僕は文字通り飛び上がった。
心臓が縮み上がるほどに驚いて、硬直したまま見上げたそこには、暗闇の中に浮かび上がった大人の人影。
僕を追いかけてきたのかと、これから折檻を受けることになるのだろうかと、いっそう身が竦んだ。
けど。
「……怪我でもしているのか?」
そう言いながら、目の前の人間が膝をついて、それから右手を翳した。
ポッ、そんな音と一緒に光が生まれて、僕の暗闇に慣れた目は一瞬眩む。
ぎゅっと目を瞑って、それから瞬きを繰り返して、段々と光に慣れてきた視界が映したのは。
「……!」
綺麗な、ひと。
一番最初に湧いてきた言葉は、それだった。
今まで見たこともない均整のとれた目鼻立ち、透き通るような白磁の肌。
銀に煌めく真っ直ぐな髪、切れ長の瞳は長い睫毛に縁取られて、光に反射したその瞳はまるで宝石。
十歳にも満たない人生しか送っていない僕だったけど、それでも、美醜の範疇を軽く超えたその美貌に、ただただポカンと見惚れた。
互いの顔が見えるようになって、無言で見つめ合うこと数秒。
顰められていく眉を、僕はただじっと見ていた。
「なぜ、泣く?」
「……っ…!」
どうしてだろう。
問われて気づいた。
僕は僕の抱える事情なんて全て吹き飛ばして、ついさっきまでの涙とは全く別の熱い雫が。
この瞳からいくつもいくつも、流れていく。
どうしてだろう。
あの時の感覚は、思い出してみてもいまだによくわからない。
「っ、ごめ、ん……じ、……て…!!」
脳じゃなくて、心でもなくて。
もっと奥、僕を僕として形成する『何か』が。
この喉を、唇を震わせてそう、音を紡いでいた。
あの感覚を、十歳の僕はただ抱えることも逃げることもできなくて、夢中でその音を発した。
小さな、悲鳴にすら近かったかもしれない。
「……」
綺麗な、その人は。
その切れ長の瞳を見開いて、とてもとても驚いたという顔を、した。