血と愛

□3:大いなる差異
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 目の前で自分たちを雇った男が、吸血鬼に『壊される』ところを見ていた、傭兵だか暗殺集団だか知らないけど、どっちにしろまっとうな職業ではないだろう人間たちは。
 もともと僕がある程度は痛めつけていたわけだけど、完全に戦意を喪失したらしい。
 次は自分たちの番に違いないと、この上ない絶望と恐怖に塗れた瞳を、ただただこちらに向けていた。
 だけど、その視線を一身に浴びてなお泰然とそこに佇んだ御剣は、つまらなそうにフンとひとつ鼻を鳴らすと。

「一日の始まりから、随分と穢れたものに触れてしまった。成歩堂、捨てておけ」

 床に崩れ落ちてぴくりとも動かない、自分が『壊した』男には一欠けらの興味も示さずに、彼は手袋を脱ぐなりそれすらパサリと床に落としながら、言う。
 まるで汚らわしいものでも捨てるような、その傲慢な動作すらも様になるんだから、すごい貫禄だ。
 見慣れた光景ながら、しみじみと感心する。

「はいはい、仰せのままに」
「はいは一回!」
「はーい」
「伸ばすな!」

 そんなやり取りをしながらも、僕の腕はむんずと男の襟首を掴んで、ずるずると窓際まで持って行くなり、ポイッと投げる。
 良かったね、ここ二階じゃなくて、とか思いつつ。

「ぎゃ…ッ」
「ぐぇ…!」

 とか、悲鳴と呻きの中間みたいな声が次々に聞こえてくるのは、もちろん僕が襲撃者たちを掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返しているからだ。
 玄関から入ってこなかった侵入者を、どうして優しく外に出す義務が?
 あるわけないよね、こちとら余計な仕事が増えて正直、かなり、イラついてんだよ。

 殺されないだけマシだと思え。
 まぁ、全員が骨の二・三本は折れてるだろうし、ダメ押しで窓から放り投げられている時点で、そろそろ命の危険もあるかもしれないけど。
 だからって、僕が思いやる義理もない。

「自力でどうにか町まで行くんだね。そうしたら治療してくれる病院もあるだろ。ああ、でも明日、僕が目覚めた時にまだ庭に寝転んでるようだったら……今度こそ息の根止めるよ?」

 にっこり笑いつつ、部屋の中から庭に転がる襲撃者たちにそう声をかけた。
 そうすれば、芋虫みたいな恰好でそれぞれが散り散りに、この屋敷からいち早く離れていく。
 御剣が『壊した』人間以外は、ね。

 雇われ人間たちに、壊れた男を庇おうなんていう気概は、もちろんないわけで。
 僕は、ハァとひとつ溜息を吐いた。

 仕方がない。
 狭間にゴミ回収でも依頼しておこう。


 居間に戻ると案の定、主がソファにふんぞり返って紅茶を飲んでいた。
 僕はそれを横目で見ながら、お茶請けに作り置きをしていたクッキーを持って来るべく、キッチンへと足を向けたけど。
 どこまでも御剣は、目敏いヤツだった。

「袖が破けているな、成歩堂。まさか先ほどの下等な生物に? この私の眷属である君が。どうやら私は君を、幼児レベルから鍛え直さねばならぬようだな」
「いやいやいやいやいや、たまたま! もともと! 服がほつれててッ。そう、ちょっと大きく動いたから裂けただけ…!」

 往生際悪く情けない言い訳を並べて、なんとか距離を保とうとしたところで結局は無意味。
 無駄に優雅な動きで音もなく間近に迫る、その迫力ある顔は、至近距離に来るなり問答無用でこの首元に吸い付いた。


「…っ、……」


 じん、と痺れにも似た快感が、じわりと全身を支配していく。
 この瞬間。
 この、決して抗うことのできない自分自身をハッキリと突きつけられてしまう、この時が、僕は一番厭わしい。


 いっそ殺してくれと、誰彼構わず請い願いたくなってしまう、ほどには。
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