血と愛
□3:大いなる差異
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*3:大いなる差異*
吸血鬼の寝込みは襲うな。
これは鉄則だ。
確かに奴らは決められた時間に、まるで意識を手放すように眠りに落ちる。
落ちる、という表現がとにかく似合うほどに、その暴力的な睡魔に抗えない。
でもだからこそ、その寝ている瞬間に危害を加えようものなら、断末魔もあげられないほどの呆気なさで、加害者は一瞬にして命を落とすだろう。
反射魔法、というらしい。
中途半端にその存在になった僕には、一体どうしてそういう力が働くのかわからないけど、とにかく吸血鬼の生存本能的なものなんだろう。
殺すつもりでその心臓に剣を突きたてた、その瞬間にその剣が自分の胸に刺さっている、そんな事象が起こるわけだ。
ただしあくまでも寝ている吸血鬼に対して、というもので、起きている時に使っている吸血鬼を見たことはない。
どうして? と、御剣に聞いたら、ニヤリと笑われた。
「そのような力を使わずとも、人間なぞ我らの敵ではないからな」
だそうだ。
ふぅん、と頷く僕も、その意見には特に異論はなかった。
なにしろ、自分が一番、よくよく身をもって知ったからだ。
吸血鬼は……強い。
「ぐふっ…!」
ちょっと拳を腹にめり込ませたくらいで、人間はいとも容易く胃の中のものを吐き出す。
鉄の鎧で防備したところで、その鎧の上をいく硬さと強さで貫けば、鎧なんて意味はない。
さすがに人間の胃液に塗れてまで、闘い続けたくはないから、すぐに対象から離れた。
そうすれば、音もなく目の前の人間が崩れ落ちるように、その場で跪いて動かなくなる。
ああ、弱い、弱い。
弱すぎるなぁ、なんて脆弱な生き物なんだろう。
「頑張って人数集めてきたんだろうけど、桁がふたつくらい、足りなかったかもね」
あと二桁ほどの人数が集まったなら、それはもはや戦争事だろうけど。
でも、それくらいじゃぁないと、本命である御剣には辿り着けないんだよ、そうクスクス笑いながら教えてやる。
御剣がまだ目覚める前の、夕闇迫る時間帯に目をつけたのは、まぁ褒めてあげてもいい。
どうせ寝込みは襲えないのだし、かと言って真夜中に真正面から仕掛けていったところで、全滅するのがオチだ。
だから、と、考えたんだろう。
「眷属の僕なら、真の吸血鬼には確かに劣るもんねぇ」
「ひ…ぃいッ、よ、寄るな! 寄るな化け物…!!」
元人間である眷属(僕)ならば、容易に捕えることができるだろうと、そう考えるのに時間はかからなかったに違いない。
そして、吸血鬼は何よりも誇り高く傲慢で、己の名誉に傷がつくことを異常に嫌がるから。
捕えた僕を囮にして、御剣を屋敷から誘き出し、どういう方法をもってかは知らないけど、生け捕りにしようという算段だったわけだ。
いかにも、この肥えた醜い男が考えそうな、稚拙極まりない計画だなぁと胸中で呆れる。
そんな僕の目は、だけど一時たりとも、その男から逸らしはしない。
醜悪で、粗暴で、矮小な欲を、でっぷりと肥え太ったその身に纏った人間は、どこまでも愚かだ。
己の優位を信じて疑わなかった、最初の威勢はどこへいった?
見下ろしながら嘲笑えば、男の体は目に見えて震え出した。