血と愛

□2:懐かしい男
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 小袋の中身は御剣の血液を魔力で凝縮した、ルビーみたいな結晶だ。
 ほんの小指ほどの一粒で、数百万の価値があるとか。
 狭間の言う通り、妙薬の結晶とも呼ばれるソレは、どうやら脆弱な人間にとっては万病に効く奇跡の薬、らしい。

 大昔はこのたった一粒を争って、国家間で戦争が勃発したとかいう、眉唾ものな逸話もあるくらい、ソレはとにかく人間にとって貴重なものだそうな。
 現在は吸血鬼と直接交流を持てる狭間の一族だけが扱える、いわば特権階級の証的なものになっていて、狭間が人間(主に高い値をつけて買い取ってくれる貴族たち)に売っている。

 だから狭間の一族は、例え殺される危険性があったとしても、決して吸血鬼との交流を絶やそうとはしない。
 なんたって大切な金づるだ。
 上手く儲ければ、それこそ一生遊んで暮らせるからね。

 吸血鬼は自分のほんの少量の血を結晶に変えるだけで、狭間たちがこぞって頭を垂れ、下僕でもないのに便利な小間使いになってくれるからと、取引相手に『なってやって』いる。
 あくまで上から目線、ここは譲れないらしい。


「あー、成歩堂。ちょっとここからマジな話するわ」
「マジな話?」

 しっかりと妙薬の結晶を懐に仕舞った男が、いつものヘラヘラした雰囲気を途端に潜めて、じっと僕を見た。
 うん、嫌な予感しかしない。

「馬鹿が一人、小賢しいこと考えてる。お前のご主人サマを、ただの結晶製造機にしたいらしい。寄りにもよってそいつ王族でさ、狭間の人間を縛り上げて吸血鬼の生体とか聞き出して」
「ああ、馬鹿が下手な権力持つとタチ悪いってヤツの典型か」
「おお、それそれ。狭間の一族も特権階級の地位にはあっても、さすがに王族にはヘタに手も口も出せなくてな……成歩堂、気をつけろよ」

 概要はわかった。
 つまり、近々この屋敷は人間どもに襲撃される。
 狭間がわざわざ『気をつけろ』だなんて言うってことは、そういうことなんだろう。

「その馬鹿な王族って、王位継承権は?」
「まがりなりにも王族だからな、持ってる。けどそう高い位でもないから、万が一運が良ければなれるかもなーってくらいだな」

 それを聞いて安心した。
 なんせ、国を背負って立つ人間が『多少の犠牲を出してでも、吸血鬼を意のままにしてやろう』だなんて考える馬鹿では、行く末が心配でならないからだ。
 それに。

「ふぅん、じゃぁ別に『壊し』ちゃっても特にこの国に影響ないわけだね」
「まぁな。むしろ泣いて喜ぶヤツしか居ねぇんじゃねぇか? 権力にもの言わせて、かなり非道なことしてるからなぁ」

 うん、馬鹿な上に悪党っていう、救いようのないタイプの人間なのか。
 いよいよ躊躇も遠慮もなくなった。

 時々、人間っていう生き物こそが何よりも醜いと思えることがある。
 少なくとも、僕が今まで見てきた吸血鬼は、自分の私利私欲のために他者を殺したりはしなかった。
 刃向う者には容赦がないだけで。

「ちなみにその、縛り上げられて僕らの生体とかモロモロ、聞きだされたっていう狭間はどうなった?」
「殺された」

 やっぱりそうか、と頷きながらも、僕はその事実を淡々と告げる男を見る。
 その瞳に燃える怒りを、珍しく思いながら。

「だから忠告なんて、らしくないことしたんだ」
「まだ成人したばっかの、女の子だったんだぜ? 俺だって褒められた人間じゃねぇよ、自覚はあんだ。こうしてお前らから結晶受け取って、貴族どもに売りつけて、ホントに必要としてる人間には渡さない。けど、それでもああいうヤツが、この世で一番嫌いだ」

 それは同感だった。


『お前らいい加減にしろよな! 成歩堂がやったなんて、誰も見てねぇのに決めつけてんじゃねぇよッ。俺はお前らみたいなのが、一番嫌いだ!』


 遠い……遠い記憶の彼方から。
 そう言ってくれた、今はもうどこにも居ない、親友の声が。

 狭間の声と重なって、聞こえた気がした。
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