血と愛

□2:懐かしい男
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*2:懐かしい男*


「いよーぅ、久しぶりだなぁ二人とも!」

 陰気くさい、今にもバケモノが出そうな(実際に、近くの村からは『幽霊屋敷』と呼ばれて恐れられている)この屋敷にあって、どこまでも能天気な声が約半年ぶりに響いた。
 その声に、その仕草や態度に、僕はひどく既視感を覚える。

 ああ、御剣の言い分は確かに正しい。
 僕は、この男がとても懐かしいんだ。

「やぁ、久しぶりだね、元気そうで何よりだ」

 時間の感覚が麻痺するほどに長遠な年月を繰り返し、ただ生き永らえているだけのバケモノに成り下がってしまった僕には、半年という期間は瞬きにも満たない時間でしかないけれど。
 それでも、このやり取りは僕が確かに『人間だった頃』の感覚を思い出す、唯一にして貴重な瞬間だった。

「私は貴様が衰弱しきっていてもなんら支障はないのだがな。成歩堂が悲しむのはいただけないので、せいぜい気をつけたまえよ。いくら狭間とて人間の命は花のように儚いからな。夜道は危ないことだらけだ、心して歩け」

 御剣が狭間たちに対して居丈高に接することは、僕が眷属になった頃から変わらないけれど、今代の彼には更に辛辣かつ容赦がない。
 それはどうやら、僕の彼に対する態度が『信頼しすぎている』かららしい。
 まったくどこまでも狭量な主だ。

「うぉお、相変わらずひでぇ言いぐさだなをい! つか遠回しに脅すのやめろよ!! 成歩堂は笑ってないで助けろよぉおッ」
「貴様! 私の成歩堂を気安く呼び捨てにするなと、何度言えばその鳥頭は理解するのだ?! すぐにでもその頭、熱した油に投入してカラッと揚げてみせようかッ」
「げげっ、もう代替わり?! それだけは勘弁願いたいぜぇえ!」

 言葉ほどあんまり悲壮感はない男は、肩を竦ませながら運び込んだ積み荷をほどき出した。
 挨拶はこれぐらいにして、商売を始めようということらしい。

 狭間の一族は人間で構成されているから、年月が経てば当然、代替わりが訪れる。
 時にはその代替わりの原因を、商売相手である吸血鬼が作ってしまうことも、まぁ……あったりするらしい。
 僕は御剣と、御剣の相手をしてきた狭間たちしか知らないけれど、元来傲慢で高邁な吸血鬼というバケモノは、少しでも気に入らないことがあれば、いとも簡単に人間なんて殺せてしまうものだから。

 それにしても、そんな吸血鬼相手にもこんな砕けた口調で、ふざけた態度をとれる男は今まで見たことがないんだけどね。
 その気質もまた、僕の中にある『懐かしさ』を刺激して、少し切なくなる。
 涙はとうに、枯れ果ててしまったけれど。


「んーと、とりあえずご所望のコレな、果実半年分! つーても毎回言ってっけど新鮮なうちに食えるのは一ヶ月が限度だからな? あとは煮付けてジャムにでもしろよ、お前らと違って腐っちまうからなー」
「うん、わかってる、ありがとう」
「フンッ、貴様に言われずとも成歩堂は賢い男なのだ、いつも天下一品のジャムをこしらえているのだぞ!」

 ふふん、と得意気に語る御剣に対して、あくまでも内心ではあるけれど、僕は即座にツッコミを入れる。
 お前は何もこしらえることができないよな、と。
 ところが、そんな僕を代弁するかのような言葉が飛んできた。

「いや、つかソレ、成歩堂が凄いってだけで、あんたが自慢することじゃなくね?」

 沈黙が降りたのは束の間。
 次の瞬間には、僕がしっかりと背中から御剣を羽交い絞めにしなければならない、という羽目に陥った。

「貴様ぁあ! 一度ならず二度までもッ、成歩堂を呼び捨てにしおってぇえええ!!」
「わーはいはいはいッ、落ち着け! 落ち着いて下さいお願いだから!! 明日からのスイーツ作りに必要なものがまだ貰えてないしね、ね?!」

 そう訴えながらも、この唇は愉悦にずいぶんとだらしなく歪んでしまっていたようだけど。
 そんな僕に普段なら気づくだろう目敏い御剣も、今は怒り心頭でどうやら気づかないようだ。

「放せ成歩堂! 我が下僕の優秀さを誇ること、これぞ我が血の高貴さを世に知らしめる誉れぞッ、それをコケにされたのだ!! 縊り殺しても飽き足らぬわッッ」
「あーうんうんうん、ホントその通りでございます!! 狭間ッ、お前まじ冗談が過ぎるぞ(いや楽しかったけど)。ここは何とか抑えるから、今は逃げろ! 報酬はほとぼり冷めた『あとで』な!」
「お、おお、すまねぇな…! んじゃ、『いつもの明星』に! あばよぉッ」

 言うなり、男は脱兎のごとく逃げ出していく。
 まさしく台風の過ぎ去るがごとくと言った態で、いっそ清々しい感慨さえ覚えるほどだった。
 まぁ、腕の中ではいまだに暴れる悪鬼もかくやという、タチの悪い男が残っていたわけだけど。
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