前途多難部屋
□キミハボクガスキ。
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矢張の急襲に遭った僕と御剣は、いつものように駅前の飲み屋でいつ終わるとも知れないノロケ話に付き合わされた。
相変わらず破天荒で台風みたいな幼馴染は、今日も今日とて現在の彼女から連絡が入った途端に「愛しの彼女が呼んでるから!」と、わざとらしく周囲に聞こえるような大声出しながら店を出て行って。
もちろん、僕と御剣は置いてけぼり。
そんでもって今回もちゃっかり、飲み代は僕ら持ちだ。
「今日は一時間かぁ。案外、早く終わったね」
「たかが一時間、されど一時間だ。あの男と小学生の時分から今まで、よく付き合ってきたものだな。つくづく、君という男の辛抱強さには関心させられる」
矢張が居た間、ずーっとその眉間に刻まれていた深い深い皺。
その筋肉を伸ばす為か、はたまた単純に疲れたからか、額に手を当てた御剣が吐き出した嘆息と一緒に呟く。
そりゃぁ、あの矢張と十五年も一緒に居たら、ちょっとやそっとのことじゃぁ動じなくもなるよ。
喉元まで出かかった言葉は、寸でのところで飲み込んで。
「これはもう、ほら、慣れだから。お前もそのうち、一時間で終わるなんて早いなーって思うようになるって」
「……その感覚は御免こうむる。矢張に毒されてしまったかと、不快になるだけだ」
せっかく緩くなった眉間の皺が、さっきまでの喧騒を思い出してか、またムぅっと深くなってった。
あーあ、せっかく綺麗な顔してるのに、勿体無い。
「まぁまぁ。いーじゃん、お前だって本当に嫌だったら絶対に来ないだろ?」
「ふム、それはそうだが……あくまでも、君が参加することが最低条件だな。矢張と二人で飲むなど、愚の骨頂だ」
日本酒をちびちびと飲みながら、相変わらずサラリとこいつは。
「……僕と二人で飲むのは、いいんだ?」
「無論。君と一緒であれば、どのような不味い酒でも美酒に変わる」
つまり、遠まわしにいま口にしてる酒は、御剣にとってはあまり美味しいものではないと言ってるわけね。
はーぁあああ。
盛大な溜息を吐いた僕を、怪訝そうに見つめてくるその顔には、純粋な疑問だけが浮かんでる。
「うん、僕はとっっても辛抱強い男だから。その言葉の意味を君が自分で悟るまで、何年だって待つよ、うん」
「…成歩堂、すまないがもう少し、脈絡というものを考えてから発言してくれたまえ」
キミハボクガスキ。
君自身がそう確信できるまで、さぁ、あと何年必要なんだろうね?
何年でも待つ覚悟はできてるけど、酔った振りして抱きつくくらいは許してもらおうかな。
御剣には答えの代わりににっこりと笑顔を向けて、僕はビールを飲み干した。