血と愛

□11:夢の終わり
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 見るからに苦しげな千尋さんに、容赦なく繰り出された美柳ちなみの攻撃は、でも間一髪ってところで御剣が剣で弾いた。


「交代しましょう、貴女はこれ以上は無理だ」
「ええ……情けないけれど、どうやらここまでのようね、後は任せるわ」

 あなたも深手を負っているのに、ごめんなさいね……。
 そんな言葉を最後に、千尋さんが目を閉じて、その体がくらりと倒れかかる。

 僕が咄嗟にその体を支えれば、腕の中に居るのは既に、千尋さんではなくて。
 意識のない真宵ちゃんだった。
 その呼吸に乱れはなく、眠っているようで僕はホッと息を吐いた。

 そうして御剣を目で追えば、既にちーちゃん…彼女との激しい戦闘を開始していて。
 容赦なく降り注ぐ雷雨に、ひとまず真宵ちゃんを玄関先の屋根下まで運んで、なるべく濡れないように避難させた。
 風邪でもひかれたら、それこそ千尋さんに怒られてしまう。

 上着を脱いで、ぐったりと横たわる真宵ちゃんにかけると、僕はすぐに御剣のもとに走った。
 血の盟約はこんな時だって、いや、こんな時だからこそ強固な絆とやらを発揮して。
 主が敵と戦っている以上は、僕も参戦しないわけにはいかないと、心じゃなく体が勝手にソワソワするんだから、仕方がない。


 記憶の中の彼女とは遠くかけ離れた、冷酷でどこか狂気に満ちたその表情。
 そんな顔で、御剣に切りかかる、その手に握られたのは銀色のナイフ。
 魔力を込めたそれは、いくら吸血鬼でも刺されればダメージは大きいだろうと、ひと目でわかる。

 普段の御剣ならば、勝るとも劣らない動きで難なく避けられたとしても、背中に深い傷を負っている今の状態では厳しい。
 僕の目から見てもわかるくらい、余裕のない表情で応戦していた。

 ぎゅっと拳を握って、真っ直ぐに目の前の出来事を受け止める。
 不意打ちを狙って僕を銀のナイフで刺そうとし、千尋さんがその姿を保っていられないほど疲弊させ、いままさに御剣を倒そうとしている彼女は、明らかに人間じゃない。
 きっと……僕と『人間として』出会った、あの時から。

 ちーちゃん、美柳ちなみは人間なんかじゃ、なかったんだ。

 一歩、玄関先から外に出る。
 容赦ない雨がこの体を打つけど、そういえば、彼女と別れたのもこんな雨の日だったんだと、思い出した。
 あの日、僕は人間ではなくなった自分を、絶望の中で思い知ったんだ。

 御剣への怒りと憎しみを、雷鳴にまかせて叫んだあの日を、忘れることなんてできない。
 だけど、それでも……。


「御剣!」

 背中の傷は深くて、きっと肺にまで達していたんだろう。
 その動きは重く鈍く、辛うじて美柳ちなみの攻撃を受け止めていたけれど。
 その足が、とうとう雨でぬかるんだ地面を滑り、体制を崩してしまう。
 その隙を見逃すわけもなく、凶刃がひらめき御剣を襲うから。

 困惑も混乱も、何もかもを吹っ飛ばして彼を庇うために、その刃の前に出た。
 自分のナイフでそのひと振りを受け止めながら、なんて重い一撃なのかとビックリする。
 いくら吸血鬼の中でも最下位にある身とはいえ、仮にも御剣の眷属として過ごしてきた僕だ。
 少なくはない人外との戦闘をしてきた、そんな自負があるからこそ、彼女の強さには驚かされた。

「成歩堂、いけないっ。美柳ちなみの狙いは、最初から君なのだ! 今すぐ逃げろ!」
「あっははは、逃がすわけないじゃない! ようやく本命の登場なのよ? この時を待っていたわ!」

 最初から僕が狙いとか、そういう大事なことはそれこそ最初に言っておいてくれ!

 盛大に胸中でツッコミ入れつつ、連続して繰り出される攻撃を受け止める。
 そのひとつひとつが速すぎて、避けきれずに腕や肩に痛みが走った。

 もう何なんだよ、昔懐かしい元恋人との再会が、こんな殺されそうな状況だなんてホント勘弁してほしい。
 僕の運命、酷すぎると散々言ってきたし思ってきたけど、これはない、ないだろ。
 そう嘆く間も、攻撃の手は緩まない。

 その左手から振り下ろされるナイフに気を取られて、一瞬がら空きになった左胸。
 しまったと思った時には、何も持っていない方の右手が、この胸めがけて攻撃魔法を放つ。

 ああ避けられない、と。
 どこか客観的に見ている自分がそう思った、その次の瞬間に。


 横からものすごい勢いで突き飛ばされて、受け身も何も取れずに転がった。
 詰まる呼吸も構わずに、さっきまで僕が居た場所に咄嗟に目を向ければ、そこに。


 胸を。
 胸のど真ん中を。


 魔法攻撃に貫かれた御剣の、姿があった。
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