血と愛
□4:魔法使いと出会う夜
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この時の僕には余裕がなくて、何もないところから光が生まれたことに対して、なんら疑問も抱かなかった。
後から思い返してみれば、御剣が右手で一瞬のうちに光の塊を生み出したわけで。
あれが人生で初めて目にした、魔法というものだったわけだけど。
そんなことすら構っていられないほど、衝撃が大きすぎたんだ、あの時は。
どれくらいそうして、見つめ合っていたんだろう。
僕を探しに来た大人たちの声が、その不思議で奇妙な時間を破った。
「こんなところにいたのね。ダメでしょう、さぁ、盗んだお金はどこに隠したの? それとももう使ってしまったの? どちらにしろ、あなたは悪いことをしたのだから謝らないといけないわ」
孤児たちの面倒を見る、シスターの諭すような声は優しく響いて、だけど『僕が盗んだ』と決めつけていることに変わりはなかった。
「ち、違うよ、僕はそんなこと…!」
「ならどうして、あなたが具合が悪いからと寝込んでいた間に、お部屋にあったお金がなくなるの。みんなは外で遊んでいたのよ? あなた以外は」
僕は真実、具合が悪かったから寝ていただけで、お金がその間に盗まれていただなんてそんなこと、ちっとも知らなかったし身に覚えがなかったのに。
どれだけ否定しても、お前がやったんだろうと、孤児院の子供たちは口を揃えて言う。
大人たちまでが、こうして僕を犯人だと決めつけていた。
そんな、僕らの様子を静観していた、綺麗な男は。
「待ちたまえ。その子がやったという、明確な証拠でもあるのかね?」
凛とした声で、そう言った。
ハッとしたのは僕だけじゃなく、シスターたちも同じようだった。
「あなたは……魔道士がなぜこのようなところに?」
シスターが声をかけられて初めて彼を認識した、というような態度で誰何する。
魔道士、と聞いて僕は改めてビックリして目の前の男の人を見た。
彼が纏った青いマントの肩口に、金糸で刺繍された大鳳の羽は初めて目にする魔道士の証で、シスターたちが手に持ったカンテラの灯りに照らされて煌めいていた。
でもその時にはもう、その手の中に生まれた魔法の光は、なくなっていたけれど。
結果的に、僕の容疑は彼が晴らしてくれた。
魔道士だというその人は、その場で僕の記憶を投影する魔術を使って、僕が何もしていないということを証明してくれたからだ。
「魔術の前では、偽りの証言など無意味だ。偶然居合わせただけの私には、この子供を助ける義理もないので、小細工などしない。だが、真実が捻じ曲げられる瞬間を見逃すわけにもいかない」
そんな、淡々とした口調で言いながら。
シスターたちも、魔術で投影された『証拠』に、異議なんて唱えられるはずもなく。
ではいったい誰が、と疑問を投げる彼女たちに、それは自分たちで解決するんだな、とかなんとか素っ気ないことを言って。
そうして、彼はその場から立ち去ろうとした。
だけど、僕はそんな彼の背中に向かって夢中で叫ぶ。
「待って!」
そうして、必死で足を動かして彼の前に回るなり、その顔を見上げた。
大人と子供の身長差だから、ずいぶんと遠くにその顔があったけど、でも真っ直ぐに見下ろしてくるその瞳はやっぱり綺麗で。
僕は胸を色々な意味でドキドキさせながら、言った。
「僕、成歩堂龍一って言います。あの、あなたは…?」
「……御剣だ」
「みつるぎ…さん。えっと、ありがとう…!」
深く頭を下げたら、その拍子にまた目から涙が零れた。
どうしてなんだろう、その名前を知れたこと、呼べたことが嬉しくて。
嬉しくて、嬉しいはずなのにとっても、胸が痛かった。
心の奥のもっと深いところにある『何か』が震えて、熱くて。
切ない、という言葉の意味どころか存在すら知らなかった、あの頃の僕はただただ涙を流すことしかできなかった。
そうして、僕はこの一件ですっかり『御剣』という『魔道士』に、尊敬と憧れを抱くことになった。
もちろん、あいつは魔道士なんかじゃなくて、その正体は誰もが恐れる吸血鬼だったわけだけど。
遠い、遠い昔の話だ。
純粋で、疑うことを知らなかった僕と、たまたま通りがかっただけの、暇つぶしに気まぐれで僕を助けただけでしかなかった、忌々しいあいつとの。
これが百年以上にわたる因縁の、出会い。