ソレが無いのは致命的!

□続:04
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 数分後に出迎えた御剣は、まさに仕事帰りに立ち寄った、といった感じだった。

 珍しい弱音を吐くぐらい忙しそうだったあの日と、あまり変わらない疲れ切った目元。
 思わず「早く帰って寝ろよ」と言いそうになって、ぐっと詰まった。
 自分はこれから、こいつを誘惑(……フリだけど、本心なんかじゃないけど!)しなくちゃいけないんだし。

「お疲れ。インスタントのコーヒーしかないけど、飲んでいきなよ」

 とりあえず狭い玄関で向かい合ってても意味ないから、中に入ってもらおうと声をかけた。
 でも、御剣は「いや、長居するつもりはないのだ」と首を振って。
 それから、いきなりガシッと、両肩を掴まれたと思ったら。

「先日は本当に、すまなかった…!」

 至近距離で、とんでもなく生真面目な、そしてものすごく悲壮な顔した男から、潔すぎる謝罪が飛んできた。
 それを受けて、ハタと気づく。

 そういえば、こないだのアレは傍から見たら、完全にヤリ逃げならぬキス逃げだったな、と。
 しかも、僕は全力で抵抗したし、どう考えてもあの流れは『恋人』としては拙い。
 だけど僕としては、『恋人としての御剣』がどんな態度だったか、なんてことは、そこまで重要視してなかった。

 これからの二人の関係性を『どうやって親友へ戻すか』ってことに頭がいっぱいで、そんなとこまで気が回らなかったってのが正直なところだ。
 だから、決死の覚悟っぽい表情で言われても、僕の反応はというと。

「……え、ああ、うん」

 ていう、我ながら何とも気の抜けた曖昧なものだった。
 だけど、その反応は、性格的に暗い方向に思い込みの激しい御剣にとっては、追い打ちをかけるものだったらしく。

「怒っているのだな……見苦しい言い訳はしない。だが、謝罪だけは直接しなければと思ったのだ。本当に、すまないと思っている」

 もう二度とあのようなことはしない、だとか。
 君の気が治まるまでは接触を控える、だとか。
 なんか色々言い募ってくれちゃってるんだけど、ちょっと待て。

「えええ、いやいやいや、アレ二度としないとか言わないでくれよ、僕が困る!」

 だってそのようなアレしてくれないと、穏便に別れることができないじゃないかッ。
 鋼の理性を総動員して我慢とか、されちゃったら本気で困るんだよこっちは!
 と、気がついたら本心からの叫びが、ウッカリ口を突いて出てしまっていた。

「ム……何故、君が困るのだ…?」

 眉間のヒビが若干深くなったような気がして、僕は内心で焦る。
 ここで本心を暴かれるわけにはいかないし、なんとかそのようなアレができる状態に、話を持ってかなくちゃいけないわけで。

「い、いや、ほらそのなんていうか……そ、そう、だって僕らせっかくさぁ、恋人同士になったわけだし! キスとかそのようなアレとか、しない方がオカシイっていうか…!」

 棒読みになりそうなところを、なんとか堪えて言い募る。
 ここが正念場だとばかりに、僕は得意のハッタリをかましまくった。

「そりゃ、あの時はいきなりで混乱して、思わず抵抗しちゃったけど……よくよく考えてみたら、当然だよなって思えてさ。恋人なら、チューもその先のアレも、ちゃんと受け入れようって考えたんだ。それにあのディープなやつ、その…、き、気持ち良かったし」

 最後の感想は余計だったか……わざとらしく聞こえたかも知れない。
 いや、でもぶっちゃけ本心が混じってなくもな……て、そうじゃなくて!

 ああ、焦りすぎはよくないって、何度も身に染みてわかっているのに。
 どうにも僕は、御剣を目の前にすると冷静さを維持できないみたいだ。
 そんな僕の顔をじっと、真正面から真っ直ぐ見つめる男は、何をどう受け止めたのか。
 ひとつ深く息を吸って吐いた、と思ったら。

「君は、いま自分が何を口にしたのか、理解しているのか…?」

 ぐっと間近に迫るその顔と、スルッと片手で撫でられた頬の感触に、心臓が大きく震えた。
 でもそれを押し殺すことは、できたはずだ、多分きっと。
 しっかりとその瞳を見据えて、逃げそうになる体を抑える。

 ここは絶対に退けない、大事な勝負どころだ。
 僕はすぐに震えてしまいそうになる、そんな自分の体を必死に真っ直ぐ保って、大きく頷いた。

「だって恋人なら、当然のことだろ?」

 そう、当然のことだからこそ、余計に。
 そのようなアレの相性が合わないという事実は、重く受け止められるものなハズだ。

 例え強く想い合っていようとも、こればかりは仕方がない、親友に戻りましょう、という流れになれると思う。
 いや、必ずそういう流れにしてみせる…!
 そんな硬い決意のもとに、僕はふてぶてしく、笑ってみせた。

 対する御剣はというと、何を考えているのか全くわからない、能面のような怜悧な顔をしていて、その様子に首を傾げる。
 もっと嬉しそうにするかと思ってたのに、すごく複雑そうっていうか、全然喜んでいる表情には見えない。

 もしかして、態度がアカラサマすぎて不審に思われてるとか…?
 そう思い当たって、笑顔を保ちつつも内心で大いに焦る。
 でも、その焦りも次の瞬間には強く抱き締められることで、ただの杞憂に変わった。

「成歩堂……覚悟を決めてくれたのだな」

 うん、身体的に痛い思いする覚悟な。
 胸中で呟きながらも、その背中に両腕を回すことで返答にした。

 そうして、この先はきっとアレな行為に及ぶんだろうと、僕はそう思っていた。
 いたのに。


「実に名残惜しい限りだが……今夜はこれで失礼する」
「……え?」

 ぱっ、と体が離された、と思ったら。
 次の瞬間には、御剣がさっさとドアを開けている背中を目にして、思考が一瞬追いつかなかった。

「え、は? 帰るの??」

 この状況で?!
 という叫びは、脳内だけに響かせる。

「ああ……実は、まだやるべき仕事が残っているのだよ。君はゆっくり寝たまえ。おやすみ」

 言うが早いか、パタンと扉が閉じられた。
 途端にシンと、静まり返った玄関先という狭い空間にひとり、僕は佇むことになって。


「……えぇえええええ…っ」


 非難がましい声はでも、御剣に届くことは、無かった。
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