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□信じたい
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俺、獄寺隼人は、イタリア最強マフィアのボス、沢田綱吉さんの腹心の部下である。
それこそが俺の夢であり、今もなお目指すものである。
そして、俺と彼のもう一つの顔と言えば、所謂恋仲ということになる。
24になった今から十一年前、初めて会ったときから俺は十代目になら何をされても良かった。
それから二年後、恋人として付き合うことになった。
思えば、あのときが一番楽しくて幸せだったのかもしれない。

「あれ?もしかして君香水変えたの?」

十代目の署名の済んだ書類をまとめていたときに、山本直属の部下がやってきた。
どちらかと言えば似たような朗らかな人間の多い山本の部隊。
以前会ったのは確か数ヶ月も前のはずだ。
現に、俺はまったく覚えていない。

「へ?は、はい・・・よくお分かりになりましたね」

虚を付かれたような表情をする。
それはそうだろう、向こうとしても十代目に面会するのは同じくらい久しぶりなのだから。

「うん、なんか印象ついてたからね」

本人としてはなんでもない言葉なのだろう。
実際この男は山本に信頼されている部下の一人なのだ。
印象がつくのもおかしくはない、のだが。
深く礼をして、慌しく部屋を出て行った。
最近の十代目はいつもこの調子で、まるでどこかの間男のような言動をされる。
十代目に背を向け、そろそろコーヒーでも淹れようかと思ったとき、背後に気配を感じた。

「・・・何か?」

する、と腰に回ってきた手を一瞥し、その持ち主に目をうつす。
ニコニコ、というよりはニヤニヤした表情を近づけてくるこの人は、この十年で随分変わってしまった。

「なんか機嫌悪いよね?ヤキモチ?」

持っていたコーヒー豆を奪われ、人の悪そうな笑顔が視界いっぱいに広がる。
こんなに性格がひん曲がってしまったのはこの人の師匠の影響だろうか。
とはいっても、同じ兄弟子のディーノはまっすぐな性格をしていたはずだが。
この人が特殊なのか、俺は肩を押して身体を離した。

「なぜ俺が嫉妬を?」
「さっきの子けっこう顔かわいかったもんねー」

たいした抵抗もなく簡単に離れた十代目は、相変わらずへらへらと笑顔だ。
この辺りは山本からうつったのだろうか。
いつからこんな気障な仕草や言動をするようになったのかは分からないが。

「安心してよ、俺の一番は獄寺君だけだよ」

最近の十代目は、酷く苦手だ。

「・・・お戯れを」

これ以上一緒にいるのは耐えられない。
心臓が痛いほどに軋んでいるのは、もしかして俺は傷ついているということなのだろうか。
ばかばかしい。
湯気の立つコーヒーをカップに注ぎ、ソファに座り込んだ十代目の前に置いた。

「そういえば、今度笹川とハルが遊びに来たいと言っていましたよ」

机の隣に立って、今朝届いたメールの内容を伝える。
ソファに肘を預けてコーヒーをすすり、ふーんと返された。
あまり関心がなさそうな様子と返事に俺の心に影が降りた気がした。
前までの十代目なら、たとえ少しの間でも並盛のメンバーが来るとなれば、手放しで喜んでいたのに。
あの雲雀でさえも、会うのは楽しみにしていらした。

「今山本が日本に発っていますので、一緒にこっちへ来るそうです」
「そーなんだ」

いつの間にか俺は顔を伏せてしまっていたらしい。
目を上げると、カップは空になっていて、少し離れた場所にある窓の外を眺めている。
どうして、十年前は一番に守りたい人だったはずなのに。

「・・・嬉しくなさそうですね」

出したコーヒー豆を片付けながらそう問えば、十代目はこちらに視線を向けることもしなかった。

「んー、そんなことないよ。久しぶりだし?」

ゆっくり立ち上がって身体ごとこちらを向かれた。
机の上のコーヒーカップを取り、流しへ入れると、後ろから十代目の手が伸びてきた。
ざわり、とした悪寒が背筋を這い上がり、反射的に離れようとする身体を無理矢理留めた。
俺が十代目の手を拒むと、異常に不機嫌になるのだ。

「でも獄寺君が最近冷たいのがショックだなー」

肩を痛いほど強く掴まれ、ぐるりと反転させられる。
壁に押さえつけられて、驚くほど近い距離で目を合わされた。
オレンジ色の瞳に睨まれて、身体が動かなくなる、というよりも、威圧されている。
髪をさらりと梳かれて、無意識に肩が揺れた。
怖いんだ、俺は。
俺はこの人が、怖い。

「・・・そんなに怯えないでよ」

ふ、と微笑みを浮かべる十代目の雰囲気は、もう和らいでいて。
意識せず身体がカタカタと震えていたのに気付いた。

「怯えた顔もそそるけど、俺は獄寺君の笑顔が一番好きなんだよ」

そう諭されても、俺の中の恐怖は納まらなかった。
軽く耳元でリップ音がして、目の前が明るくなる。
十代目が離れて、机に座りなおしているのに気付いた。

「・・・俺は、これで失礼します」

そう言って軽く頭を下げれば、こちらに一瞥もせずに、ひらひらと片手を振った。
ずきりと痛む胸を押さえて、早足で部屋を後にした。

「ホントーに、君だけが好きなんだよ」

その呟きは、誰もいない部屋に響き渡った。
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