REBORN!

□今も昔も
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湿ったにおいと冷たい空気。
持ったグラスを軽く円を描くように回せば、入っているワインも共に回った。
ほの暗い部屋と、月も星も見えない暗い空。
唯一この世のものではないような光を放つGだけが、光のない夜の空を見上げていた。
実際に彼はこの世のものではないのだが。
水滴の落ちる音が、砂嵐のような音に混ざる。
ワインを口に含むと、十分に冷えた水分が口内を潤した。
Gは雨が好きだった。
まるで自分の薄汚い過去や想いを洗い流してくれるような気がしたから。
Gがいつも想い、Gの世界の中心とも言える場所に立つ男。
あの男が太陽だとするのなら、自分はなんなんだろう。
長い間現世に想いを留めてきたが、一度として明るい答えは見つからなかった。

そう、彼はいつも影だった。

氷水に漬けたワインのボトルが、溶けた氷につられて鈍い音を響かせた。
超直感という酷く鋭い感を持つあの男は、この長い間、彼をどう思っていたのだろうか。
親友、右腕、部下、幼馴染・・・。
Gは頭を振って、グラスを傾けた。
肩書きなど無意味だ。
死んでしまった今となっては、Gのわだかまりはきっと消えないのだ。
自分は臆病だっただけなのかもしれない。
最近になって、遠い自分たちを思わせる後継者たちを見、そう考え出した。
奴が日本へ渡り、Gの知らぬ女と婚姻を交わし愛を交わし。
全てあの太陽のような男のためを思って見送ってきた。
結果、Gは言い知れぬ不安と疑心、劣等感に苛まれている。
彼のしてきた決断は間違いだったのだろうか。
グラスに移る己に問いただしても答えは返ってこなかった。

「町並みは変わったが、雨は昔から変わらないな」

Gの座っていた丸い机の正面に、亡霊のように現れたそいつは、同時にグラスをこちらへ傾けていた。
薄く微笑みながら机に頬杖を突くこの男は神出鬼没で、今更驚くほど浅い付き合いではなかった。
自分のグラスを空にして、冷やしているワインボトルを手に取った。
芯まで冷えているグラスは、体温すら失った手に酷く張り付く。
傾けられたグラスに赤い血のようなアルコールを注げば、そいつは頬杖を突いていた手をこちらへ差し出した。
意図を測りかねて、というわけではなく、彼は差し出された手から目線を外した。
Gは一人になりたかった。
それを飲んでさっさと帰れという旨を行動で示したのだ。

「お前は昔から雨が好きだったな」

手を伸ばし、Gからそっとボトルを奪い取り、机に置かれたままの空のグラスにワインを注いだ。
水滴のついたボトルを机に置き、液体で満たされているグラスを持ち上げる。
それを差し出してくることの意は分かっていた。
睨んだところで、この頑固者が素直に帰るとも思えない。
Gは仕方なくグラスを持ち上げ、軽く傾けて乾杯した。

「以前なぜ雨が好きなのか聞いたことがあっただろう」
「ああ・・・」
「そのとき俺になんて言ったか、覚えているか?」

グラスに口をつけ、細めた瞳をのぞかせた。
吹き込んでくる微量の水滴が酷く心地いい。
窓の外へ視線を投げる。
目の前の男の目は苦手だからだ。
なんでも見透かすような、どんな本心さえも吐き出させてしまうようなオレンジの光が。

「わすれ」
「"お前のような自分勝手なやつに自分の全てを優しく教えてやるほど、俺はお前が好きじゃない"」

窓の外を見ていたGは、改めて目の前の黄色い男を見遣った。
苦い笑みを浮かべるそいつは、軽くグラスを傾けた。
忘れたと言おうとしたGは、その日のことを鮮明に覚えている。
幼かった彼にとって、より幼かったこいつへの気持ちが整理出来ず、無知すぎた子供にイラだっての言葉だった。

「あの時は情けないが、人生で一番ショックを受けた日だった」

あの頃は、こいつの世界にはGしかいなかった。
それとは逆にGにはたくさんの世界があった。
今となっては逆になってしまったが、今のGのようなことを、かつてのこいつも考えたのだろうか。
そう考えた瞬間、それはありえないと悟った。
こいつはGのような精神的な弱みを持ち合わせていない。
そこに、ボスと部下の差があるのだ。
急に味を感じなくなり、半分ほど残ったワインを机に置き、窓の外へ意識を向けた。
視線を感じつつも、雨の生まれる空を見上げて、冷たい風を感じた。
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