めだかボックス

□大好きなんだね
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球磨川禊は、今世紀最大の嫌われ者である。
周囲もそう認識しているし、本人も容認している。
これまでのやつの人生全てがそうだったし、これからだってそうだ。
・・・だが、かつてたった一人だけいたのだ。
異常でなく、天才でもなく、ましてや過負荷でもない。
普通で、平凡で、特になんの特徴もない。
だが、球磨川禊という存在に対する執着だけは異常だった、男が。

『あ、善吉ちゃん』

俺、人吉善吉は球磨川禊が好きではない。
まず性格が破綻している。
こうやって括弧を付けて喋っている間は、俺はこいつと仲良くなれるとは思えない。

「何やってんだよ、お前」
『何って、見ての通り。目安箱を生徒会室に運んでいるんだよ?』

俺はたった今この瞬間、またこいつに対する評価を下げた。
いや、目安箱を運ぶ件はいい。
それは俺もやろうと思っていたことだし、もはやこの生徒会において目安箱は大変重要な存在である。
だが俺が言いたいのは何故運んでいるかではなく、何故・・・。

「言い訳を聞こうか」

目安箱にロープを結びつけてまるで犬か何かのように引きずり回しているのかということだ。

『だってぇ、この目安箱、僕にはちょっと重いんだもん』

大きな瞳を上目遣いにしながら、球磨川は可愛らしく拗ねた。
ああ忌々しい。
こいつは自分が一番可愛く見える角度とか、仕草とかを熟知している。
ちくしょう、悔しいが可愛いとか思っちゃったじゃねぇか!

「・・・ったく、だったら無理して運ぶことねぇじゃねぇか」
『たまたま通りかかったんだよ。中身は全然入ってないのに、随分重いよね』

一言余計だ。
ロープを解いて持ち上げると、確かに少し重量はあるが、高三が持ち上げられない重みではない。
あらためて、球磨川禊は全ての力が劣っていることを知る。
一度腕相撲でもしてみようか。

『あー、ダメだよ善吉ちゃん。僕の腕力が平均よりもちょっと下だからって先輩をいじめちゃいけないよ』

心を読むな。
ていうかお前の腕力はちょっと下どころじゃないぞ。
そんな球磨川の軽口を流しながら、俺はちょっと不思議に思っていた。
目安箱、通称めだかボックスの存在は校内に知れ渡っている。
それと同時にめだかちゃんの無敵超人ぶりも。
だから最近結構盛況だっためだかボックスに、投書が全くない。
傾けてみると、中で動く感触があるので、一通もないわけではないようだが。

「球磨川、ドア開けてくれ」

生徒会室の前まで来た俺は、そういいながら球磨川を見た。
だが当の球磨川は廊下の窓から校門を見下ろしている。
・・・またこいつの評価を下げることになりそうだ。

「球磨川!聞いてんのかよ!」
『・・え、ああ。うん』

その反応に少し違和感を覚えた。
いつもの陽気さがないばかりか、表情に感情が感じられなかった。
なんかあったのかと少し遠目で窓を眺めるが、下校生徒しか見当たらなかった。
訳が分からなかった俺を正気に戻したのは、右耳の痛みだった。

『ほーら、先輩が開けてあげたんだからぼーっとしてないでさっさと入ってよ』

耳を引っ張る球磨川の手を振り払うと、球磨川はもういつも通りの笑顔を浮かべていた。
こんなことをされてもこいつを嫌いきれないのは、この幼く見える容姿のせいだ。
そうに違いない。
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