きまぐれ長編

□吸血鬼と私(仮)
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キリスト教には、スクブスと呼ばれる女性型の悪魔の存在が描かれている。
英語でサキュバスと呼ばれるその淫魔は、古来より夢精の原因として考えられていた。
男の精液を食って暮らす悪魔。
本当の姿は想像もつかない、男にとっては理想の女性となるサキュバス。

「ん、ぁぅ・・・はぁ」

路地裏で男に跨る金髪の女性こそ、サキュバスと呼ばれる悪魔そのものだった。
名を持たない彼女は、いつでも恋をしていた。
見かける男に一目惚れをしては、男の望む女性像に成り代わり、男の愛しい女の名を使って誘惑した。

「ああ、メアリー・・・メアリー、出すよ」

男の心はその女性で満たされる。
彼女は人の愛が愛しかった。
誰かを愛することが出来る男を愛していた。
彼女は人という種が愛しかったのだ。

「出して、ナカに、いっぱい!」

ドクン、と熱い飛沫が吐き出された。
腹が満たされていくのを感じる。
そしてそれとともに、男個人に対する愛しさが消えた。
生気を搾り取られて気絶した男から離れると、彼女の美しい金髪が消えた。
個人への愛が消えると、姿も変わった。
彼女はそんな自分の性質を酷く疎んでいる。
いつの日が、この身が変わることのないほどに焦がれる男に会いたい。
そう願わない日はなかった。
だって誰かと愛し合う人々はあんなに幸せそうに日々を生きている。

(どこかにこの醜い身体を変わらない人の姿に変えてくれる男はいないだろうか)

悪魔とは、人々の信仰の集まりである。
人が信じるからこそ存在できる彼女は、男を愛していないときは酷く淀んだ姿をしていた。
だからこそ求める。
愛する人を。

「!」

ぞくりと背中を何かが這った。
周りを見渡しても、人っ子一人いない。
気のせいだろうか。

「・・・上?」

建物の壁で狭く見える夜空に、黒い影が立っていた。
目を凝らさずとも分かった。
そいつが美しい、メアリーよりも美しい金髪を持っていることが。
端整な顔立ちに、赤い瞳が際立った。
なんだ、と思った。
あれは人ではない、吸血鬼だ。
落胆と同時に、変わりゆく己の姿に驚愕した。
そんな馬鹿な、人でもないあんなやつに恋をするなどと。
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