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□ああ運命の人!
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ふと目を開けた。
そこは見渡す限り一面の白。
壁も見当たらない、いや、見当たらないのではない。
壁と床の区別がつかないほどに、そこは白かった。
自分が立っているのか、座っているのかすらも認識出来ないほどに白かった。
言葉を発してみた。
喋ったのかどうかすら分からないほどに、そこは広すぎた。
喉が震えたのが分かり、言葉は発せたのだと知った。
足を踏み出してみた。
何度も何度も、左右交互に踏み出してみた。
だが、進んでいるのか、後退しているのか、白すぎる世界はそれすら伝えてくれなかった。
だんだん恐怖が増してきた。
どうしたらいい?どうしたらここから抜け出せる?
次第に足の動きは早くなり、いつのまにか走り出していた。
それでも景色は一向に白いまま動かない。
そもそも俺はちゃんとこの場に存在しているのだろうか。
分からない。
分からない。
分からない。

「・・・」

何かを発した。
だが耳はその音を拾わなかった。
ふ、と、左手に違和感。
いや、左手じゃない、左の、そう・・・小指。
俺は初めて、自分の手を見るために手と視線を動かした。
そこには手があった。
握り締めると握って、開くと開いた。
指に何かがくくりついていた。

「・・・ぁ・・」

白に薄れて見えなかったソレが見えた。
赤い。
赤い、糸だ。
その糸はしっかりと指にくくりつけられ、そこから際限なく伸びていた。
俺は地に落ちるその糸を手繰り寄せた。
糸を右手に絡ませながら辿っていく。
部屋はどこまで続いているのかなんて分からないが、糸はずっと向こうまで続いていた。
やがて糸は右手の第一関節全てを覆い尽くすほどの量になった。
白に浮かぶ真っ赤な糸の束。
不思議とそれは暖かい気がした。
はじかれたように前を見た。
白の世界に、黒があった。
俺は糸のことなんか忘れてその黒に向かって走り出した。
黒が近づく。
俺はちゃんと走っている。
黒が振り向いた。
輝く銀色に、背景と一体化するほどの白い肌、そこに浮かぶ朱色とエメラルドグリーン。
その人を抱きしめると、俺は心底安心した。
記憶に残るぬくもり、香り、やわらかい肌、全てが記憶の通り。
俺はその人の名前を呟いた。

「・・・ぃめ・・・・・だぃ・・・十代目!」

目を開けると、目の前に端正な顔があった。
身体の節々が痛い。
どうやら俺は机の上に上体を倒して眠り込んでいたらしい。
枕にしていた分厚い本が硬い。

「やぁっと起きましたね」

少し怒ったような、困ったような表情をしている。
目線を合わせるためなのか、俺の隣で中腰になっている彼は、先ほどの人と全く同じだ。
あれは夢かと、今更ながら自覚する。

「・・・獄寺君がちゅーしてくれるのかと思ったのに」

あまりに顔が近かったから、そんな欲望も湧き上がる。
白い頬を鮮やかな朱色に染めて、姿勢を正した。

「何変なこと言ってるんですか!そんな格好で寝て・・・身体は辛くないですか?」

身体を起こすと、腰や肩がパキパキと音を鳴らした。
ぐいっと伸びをしても凝りが取れない。
ぐるぐると腕を回すと、両肩にやわらかい温もりが触れた。
優しく刺激を与える指は優しくて、とても気持ちがいい。

「お疲れ様です。すごくかたくなってますね」

後ろから肩口で覗き込んでくる表情はニコニコと上機嫌らしい。
どこで覚えてきたのか、適度な強さで凝りをほぐしてくれる。
俺の優秀な右腕はマッサージまでお手の物らしい。

「なんかその言い方、ヤラしいね」

肩に乗る手に、自分の手を重ねて撫でると、少し体温があがったようだった。
マッサージしていた手を止めて、ぱっと放してしまった。
ああ、とても気持ちが良かったのに。

「十代目は一言多いです」

右側に立ち、顔ごと俺から逸らしてしまった。
ふと机の上に目が行った。

「・・・赤い糸の伝説?」

俺が枕にしていた本だ。
そういえば、書類処理が一段落ついて、こないだ久しぶりに会ったイーピンから借りた本を読んでいたのだ。
それを読んでいる間に、どうやら眠り込んでしまったらしい。
仕事を終わらせたあとでよかった。
そうじゃなかったら、この公私を分けるのが得意な右腕はすぐに起こしてマッサージなんてしてくれることもなかった。
むしろ無理矢理にでもペンを握らされていたところだ。
俺、グッジョブ。

「珍しいですね、十代目が本をお読みになるのは」

まぁ俺もどちらかというと図書館では眠くなるほうだしね。
でもなんだかロマンチックで面白そうだったんだ。
イーピンも年頃の女の子で、こういった摩訶不思議な恋愛ものに憧れを抱いているようだった。

「確か、自分の運命の人とは小指と小指が赤い糸で結ばれているんですよね」

パラパラとページをめくる。
ちらちらと見える挿絵には、クレヨンで書いたような、ふわふわとした絵が印刷されている。
それをぱたりと閉じて、もう一度机の上に置いた。
少し考えるような素振りを見せて、彼は俺を見てこう言った。

「俺と十代目も結ばれてるといいですよね」

左手の小指を立ててにっこり笑う姿に、俺はなんともいえない感情を覚えた。
なんだか無性に抱きしめたい。
きっとこれが愛しいって感情なんだ。
その手を握り締めて、ぐい、と引っ張ると彼は抵抗もなく落ちてきた。
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