捧げ文

□君が好きだと言った手
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自分とあまり大きさの変わらない手。まだまだ子供のはずなのに何処か大人の手を連想させるその手には、努力の証があって僕の手と比べて男らしい。そんな手
を僕は見つめながら親指の腹で、傷物を扱うようにソッと撫でた。

「渋谷の手ってマメだらけ」
「そりゃ毎日バット振ってますから」
「毎日やってるの?」
「じゃないと体鈍るし」

何より日課になっててやらないと気持ち悪いんだ、と言う渋谷は何処か誇らしげに見える。それは多分、僕がそう見えているだけだと思うけど。

「…僕もやろうかなぁ」
「なんで?…あ!野球に興味出た!?」
「今までの会話で、どうしてその答えが出るかなぁ」

呆れた口調で言えば渋谷は目に見えて残念そうに肩をすくめる。何処までも野球バカだ。

「渋谷みたいな手に憧れたりするんだよ」

自分の手はあまり好きじゃないから、と付け足すように漏らすと、渋谷は怪訝そうに首を傾けた。

僕の手は渋谷と違ってマメなんて一つもない。あるとすればペンの握り過ぎで指の一部がヘコんでいるぐらい。スポーツを全然しなかった結果なんだから当たり
前のことなんだけど、渋谷の手を見ていたらやっぱり少しはやっておけばと思った。

「…俺は村田の手、好きだよ」
「え?」

ぼんやりと渋谷の手を眺めていると、渋谷が呟くようにして言う。僕はその声に顔をあげると真剣なんだけど、照れた風な渋谷の顔があった。

「…俺は、村田の手って柔らかいし暖かいし…安心する。だから今の村田の手のままが俺はいいなって」

言い終えるとギュッと僕の手を握りながら軽く笑みを浮かべる。そんな渋谷に不覚にも僕は言葉に詰まらせた。

渋谷がこんなことを言うなんて思ってみもしなかったから驚きもあったけど、それよりも言われた言葉への嬉しさや恥ずかしさがあって…

「…それって、女の子みたいな手ってこと?」
「村田こそ、今までの会話で何でその答え?」

照れ隠しに発した言葉に気付かない渋谷は、手を離しながら不服そうにしながらも軽く笑った。僕はそんな渋谷を見てホッと溜め息をつきつつ自分の手を見つめる。


【君が好きだと言った手】


先ほどまであまり好きじゃなかった手が特別なモノのように見えて、単純な自分に思わず笑ってしまった。


end...


次は後書きとお詫び。
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