マ王

□感情の名前
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「猊下って陛下のこと好きでしょう?」


突然降ってきた言葉に僕は読んでいた本から視線を彼に向けた。先の声からも、きっとからかっているのだろう。視界に入ったオレンジはニヤニヤと口元を緩ませている。僕はその顔に少し不快感を覚え、睨むように相手を見て口を開いた。


「突然なに?」
「いやんっ!グリ江、猊下に睨まれて怖ぁーい」
「キモい」


ぴしゃりと言うとヨザックは「ヒド〜い」と言いながらクネクネしだした。僕はあからさまに溜息をつくと再びヨザックを睨むように見た。本を読ませろ、という意味を込めて。

すると、さっきまでクネっていたヨザックは急にピタリと動きを止める。諦めたか、と本に視線を戻して次のページをめくりかけると彼が口を開いた。


「…知ってました?猊下が陛下を見る目、他の奴らを見る目とは違うんですよ」


声のトーンが先ほどよりも下がっていて、僕は驚きと共にヨザックを見る。そこにはたまにしか見せない真面目な表情があって。きっとグリ江ちゃんモードでは答えが聞き出せないと思ったのだろう。いきなりの不意打ち真面目モードだ。しかも答えなきゃいけない、そんな雰囲気を出している。

(さすが優秀な庭番ってトコかな…)

冷静に判断しながらヨザックを見る。

どうしてそんなことが知りたいのかわからない。
どうしてそこまでして聞きたいのかわからない。

性分か、ただの好奇心か。


僕はそこまで考えると瞳を閉じて再び溜息をつく。そして、諦めた。



「…好きじゃないよ」
「素直じゃないんですね」
「嘘ついてどうするのさ?君にそこまで分析されてるっていうのに」
「それじゃあ…」


ヨザックはそこで言葉を発するのを止めた。まぁ止めても言いたい事はわかる。

でも…




「僕は渋谷を好きだとは思ってない。ただ、だからって嫌いでもない」
「普通ってことですか?」
「…さぁね、どうだろう?」


曖昧に、そして会話を打ち切るように言うと再び本を読み始める。隣でヨザックが僕の答えに不服そうにしているけど知った事じゃない。知りたいなら君のお得意の洞察力で答えを探せばいい。

僕はクスリと笑うと本を読むのに集中した。











好きじゃない
嫌いでもない

好きとか嫌いとか
そんなもんじゃないんだよ

渋谷に抱いている、この感情の名前は…


end
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