第六巻

これまでにパルチヴァールは、イテールを倒し、キングルーンにクラーミデー、さらにオリルスなどの勇士をアルトゥース王の宮殿に送り届けるという業績を残している。既に武勇は十分だ。アルトゥース王はこれを称え、赤い騎士・パルチヴァールを円卓に招きいれようと、部下たちを連れて、彼を探しに出かることにする。
 しかし、その道中で勝手に一騎打ちを始めることは禁じていた。多くの国を通過する中、道中で血気にはやる若い騎士たちが、武勲を立てようと無駄な争いを起こし、騒ぎになることを避けたかったのだ。
時は五月、花の季節。既に暖かくなっているはずの季節だが、この年は、なぜか雪が降っていた。
 異常気象の思いもよらない雪の中で、アルトゥースに仕える鷹匠の放った鷹狩の鷹の一羽が、森に飛び去ったまま行方不明になってしまう。その鷹は雪に迷って、同じく雪の中に立ち往生していた、パルチヴァールの元にたどり着いた。
 雪のやむのを待っていたとき、彼らの目の前に、野生の鵞鳥の群れが現れた。
 鷹は本能のまま一羽に襲い掛かり、飛び散った血が雪に点々と跡を残す。その赤い飛沫を目にした途端、パルチヴァールの胸に懐かしい妻、コンドヴィーラームールスの顔が蘇り、正気を奪ってしまった。どういうことかというと、雪と、そこに落ちた鮮血の滲みが、白い肌と、頬と唇の赤さに見えたのだ。
 そんな風景で妄想のあまり意識を失うとは、さすが、妖精族の血筋はロマンチストである…。
もちろん、思いに耽っているからには周囲のことなど見えていない。そこが何処であれ、思いに耽ったら心はアッチの世界である。
 雪を見つめてぼんやりと座るパルチヴァールを見つけたアルトゥースの小姓は、彼の持つ盾が先のオリルスとの戦いで切り裂かれているのを見て、不審人物だと勘違いをした。慌てて逃げ帰った小姓は、近くに見慣れぬ騎士がいると報告し、若い騎士たちの心をはやらせた。無断で一騎打ちはしない、と誓っていた騎士たちは、戦いを求めて王に許可を願う。
 まずは王妃ギノヴェーアの血縁者、血気盛んな若者ゼグラモルスが。続いて、宮内卿ケイエが、許可を得て、異邦の騎士に挑む。もちろん彼らは相手が誰なのかを知らない。それが、自分たちの迎えに来た人物なのだと気づいていれば、戦いを望んだりはしなかっただろうが。
  パルチヴァールは、物思いに耽った状態のまま、反射的にこの二人を倒してしまう。馬ごとひっくり返されてケイエは片腕と片足を折る重症を負うことになり、これが、乙女クンネヴァーレへの、いわれなき殴打への報いとなった。(クンネヴァーレは、かつて少年がはじめてアルトゥースの宮廷を訪れたときに微笑んだ、レヘリーンとオリルスの妹)
ケイエが負傷したことを知って、次にその場に向かったのはガーヴァーン。しかし彼は、先の二人のように、名誉を急ぐものではなかった。さすが、落ち着いたものである。
 赤い騎士に戦う意志が無いらしいこと、何かに目を奪われているらしいことに気づいたガーヴァーンは、彼を正気に戻し、話をするため、雪に落ちた染みをマントで覆う。ようやく我に返ったパルチヴァールは、まだ、自分が何をしていたか分かっていない。
  カーヴァーンから、一騎打ちで二人の騎士を破ったことや、その片方がかつてクンネヴァーレにひどい仕打ちをした男であることを教えられ、はじめて、自分の望みが知らずかなえられていたことを知るのだった。
パルチヴァールは、ガーヴァーンとともにアルトゥース王の天幕へ向かう。彼はそこで人々の篤い歓迎を受け、多くの好意を勝ち得た。円卓に加わる誉れも得るはずだった。
 だが、その時、ひとりの客人が、アルトゥースのもとに、喜びの破壊者として現れたのだ。
その乙女の名はクンドリーエ。「魔術師」と呼ばれる異貌の女性で、聖杯城ムンサルヴェーシェの使いであった。
 彼女はパルチヴァールを非難し、彼を加えたことによって円卓の名誉が失われたと宣言する。さらにパルチヴァールの異母兄フェイレフィースは失わなかった父の名誉を、弟の彼が汚したのだと嘆く。
 呆然とする人々の前で、クンドリーエはさらにアルトゥースに言う、魔法の城にとらわれた四人の王妃と四百人の乙女たちを誰も助け出そうとは思わないのか、ここには優れた武勇の者はいないのか。
 事態は急変する。
 クンドリーエが去ったあと入れ替わりに、馬に乗った騎士が現れ、ガーヴァーンに一騎打ちの要求を告げる。ガーヴァーンが、騎士の主君を殺害したという嫌疑だった。もちろんこれはガーヴァーンにとっては濡れ衣だったのだが、彼は自らの疑いを晴らすために一騎打ちに赴くことを決意する。
また、アルトゥースは、自らの母も含む四人の王妃たちを救うため、家臣たちをひきつれて旅に出ることを決める。
かくて人々の道は分かれたる。パルチヴァールは、自らの罪を背負い、深い悲しみの中で栄光の座を後にする。そしてこの後しばらく、彼の姿を、この物語の舞台の上で見かけることは無い。

第七巻

主人公パルチヴァールが姿を消し、ここからは第二の主人公、ガーヴァーン(ガウェイン)が登場する。のちの15世紀に、マロリーによって書かれたアーサー王ロマンスではランスロットより格の低い扱いを受けている彼だが、この時代のガーヴァーンは「王の騎士たちの中で最も立派で、恥ずべき振るまいをしたことのない完璧な騎士」として描かれている。
 さて前の巻の最後で一騎打ちの挑戦を受け、アルトゥースの宮廷から旅立ったガーヴァーン卿は、戦いに向う騎士と歩兵たちの一団を見る。訊ねてみると、それはリースの王、メルヤンツが、ある女性への愛を受け入れられず、怒って軍を率いてきたものだという。
 メルヤンツの思い人は、父王が任命した後見人、リプパウトの長女、オビーエだった。メルヤンツは彼女に言い寄ったが、どうやら、けんもほろろにフラれてしまったらしい。しかしリプパウトは、主君と戦うことを潔しとしない。もちろん攻めてくるのは同じ主君に仕えた味方だから戦いたくはないし、かと言って何もしなければ殺されてしまう。
 こういう時に、通りすがりの主人公が助けに入るのが騎士文学のお約束だが、ガーヴァーンはこれから決闘に向おうとしているところだ。約束の期日までに決闘の場所に着かなくてはならないので、ここで戦争に参加しているわけにもいかない。
思案した挙句、彼は、リプパウトの居城、ベーアーロシェ城に向う。状況を見定めようとしたのだ。
 その姿を、城の上から二人の乙女が見ていた。メルヤンツの求婚をつっぱねた姉姫オビーエと、その妹で、まだ幼い少女であるオビロートである。小姓をひきつれ、武装しながら、戦いに参加する気配のないガーヴァーンを見て、オビーエは本人に聞こえるほど大きな声で、あれは商人に違いない、などと侮辱する。オビロートは姉の無作法を戒める。
 そうこうしているうちに、戦いが始まった。主君を攻めたくないリプパウト公は、城門を塗り固めて、篭城のかまえに入っていたが、人々の強い要望を受けて、結局は応戦する道を選ぶ。騎士たちの声が響き渡り、双方の兵士たちが生け捕られていく。ガーヴァーンはただじっと、それを眺めていた。
 城の上から眺めているオビーエは、それが気に入らない。城を守るシェルレスという騎士に言いつけて、城に商人が入り込んでいるので荷物を差し押さえてしまえと唆す。だが、ガーヴァーンのもとにやってきたシェルレスは、一目で相手が商人などではないことに気づく。
二人が仲良くなってしまったのを見ていたオビーエは、さらに気に入らない。今度は父のリプパウト候に、町に罪人が紛れ込んでいるので取り押さえてくれと嘘をつく。
 なんでオビーエは、こんないじわるをするのか?
それは、実はオビーエはメルヤンツのことが好きで、メルヤンツこそ世界でいちばん素晴らしい騎士だと思っていたからである。
なので物語上の主人公、立派な騎士であるガーヴァーンが気に入らない。さらに、そのガーヴァーンを「立派な騎士」だと言った妹のことも気に入らない。なんてったって、私の騎士・メルヤンツが一番!
 じゃぁなんでフッたりしたんだよアンタ。この時代にツンデレは無いんだよ。
素直に求婚を受け入れないから、あんたの国が大変なことになってるんじゃないか…。
 お父様と国のみなさん、ワガママ娘に振り回されてご愁傷様です。
――と、そんな苦労話を、リプバウト公はガーヴァーンに切々と語った。だがガーヴァーンも、これから決闘に向うところなので、約束に遅れるわけにはいかない。リプパウト公の援 助の頼みを、軽く受け入れるわけにはいかないのだ。
返事は今夜まで考えさせてくれ。と言うガーヴァーン。その場を立ち去ったリプパウト公は、館の外で下の娘(オビロート)に会う。
オビロートはおしゃまに、私があの騎士に頼んでみましょう、などと言い出す。
 この時代の騎士ロマンスのお約束として、位高い貴婦人にお願いされたことは、竜退治だろうが巨人討伐だろあが、受けなくてはならないのである。
据え膳食わぬはなんとやら。貴婦人の頼みを断ったら名誉が傷つく。オビロートはまだ ようじょ 幼いが身分高いお姫様には違いないのである。
 おませな幼い姫君はガーヴァーンに迫った。
「お願い! 私たちに力を貸してください。どうか私の騎士として戦ってください。そうしたらね私のミンネを許しましょう(※あなたのものになります の意)」
ガーヴァーンは思い出していた。そういえばパルチヴァールは、「神よりご婦人のほうを信じる」とか言ってたな。
「わかりましたお受けいたしましょう。でもあなたにミンネを許していただくには、もう五年待たなくてはならないようです」
偉いぞガーヴァーン、さすが騎士の鏡。乙女は口説いても幼女には手を出さない!
そりゃそうだ、いま手を出したらただの犯罪者だ。

 かくしてガーヴァーンは、翌日、オビロート姫の騎士として戦場に立つ。盾には、ミンネを誓った婦人がいる印として、オビロートの服の袖が縫い付けてある。大軍が城の前を取り囲み、その中にガーヴァーンもいた。戦いが始まると、ガーヴァーンは次々に名のある騎士たちを馬から突き落とし、馬を奪い、味方のものとした。
 向ってくる敵軍の中に一騎、皆から「名無しの騎士」と呼ばれている、真っ赤な鎧に身を包んだ素晴らしい騎士がいた。
…真っ赤。
そう、もう外見からして今さら言うまでもなく、旅立ったパルチヴァールである。なぜかメルヤンツ側に参加していたが、この戦場ではガーヴァーンとはすれ違う。その頃、ガーヴァーンはメルヤンツ王と一騎打ちをしていた。メルヤンツは倒され、傷を負って、城の中に引き立てられる。
 戦いの中で多くの人々が傷つき、倒れた。すべての始まりは、本当は両思いなのに素直じゃなかった気位の高い娘が、王の求婚を突っぱねたことである。 
 こうして、戦いは終わった。パルチヴァールは、自分の側の大将であるメルヤンツが捕虜になったことを知ると、自分が捕らえていたリプパウト側の捕虜を解放し、メルヤンツが釈放されるよう尽力してほしいと頼んで、聖杯を探すたびに戻る。
一方ガーヴァーンは、盾につけていた袖をオビロートに返し、リプパウト公とメルヤンツ王を和解させるべくテーブルについていた。
 騎士の戦闘では、ルールとして、負けたほうが勝ったほうに”恭順に誓い”をしなくてはならない。これは、命を助けてもらうかわり、命じられたことを必ず守らなくてはならないという約束事である。
ガーヴァーンは言う。今回、自分はオビロートの騎士として戦った。だからメルヤンツは自分の捕虜ではなく、オビロートの捕虜である。
恭順の誓いは、オビロートにするべきた。
 オビロートは、にっこり笑ってこう言った。「メルヤンツ王、あなたは姉を妻となさい。」
 今ごろ素直になってももう遅いのだが、オビーエはようやく、メルヤンツへの思いを認めた。かくて皆の前で二人の婚約が成立し、リプパウトとメルヤンツも仲直りして、めでたし、めでたし。と、なったのである。
 そして一人黄門様状態のガーヴァーンは、幸せに包まれたその国を後に、決闘の地へと旅を続けるのであった。

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ