SS

□未完
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夏は、この暑さがいけない。
白い大理石の床に、仰向けで寝そべる。
ひんやりとした心地よさが染み渡る。
そのままテーブルの上に手を延ばした。
僕の指はふらふらとおぼつかない。
水滴の浮いたグラスは倒れて、その中になみなみと注いであったソーダ水を、テーブルの上にぶちまけた。
「あー」
これだから、夏は。

片方だけの眼球を巡らせる。視界にあるのは空と、木と、ソーダ水の滴る白いテーブルと、本…?
「いてっ」
額に鈍い痛みがはしる。
ぱた、と軽い音を立てて、スマイルの額から古い洋書が転がり落ちた。黴と、インクの匂いがした。
「落としたよー」
本を取った手を仰向けのまま高々と掲げると、頭上で椅子を引く音がした。
「濡れてしまった」
吸血鬼はそう言って、青い指から本を取り上げる。
確かに、本の角の辺りが染みになっている。
先刻、額に衝突したのも、恐らくあの部分だったのだろう。
そんなことを頭の隅で考えながら、目を閉じる。
視界を閉じると、皮膚越しに伝わる大気の密度が、どんどん自分の感覚から現実味を引き剥がしてゆくような気がした。
そんな曖昧な触覚の中で、本のページをめくる音が、頭上でゆっくりと反復される。
「暑い・・・」
「言ってどうなるものでもあるまい」
「わかっているさ。でも言わないと、溶けそうなんだ」
適当な応答をする。
言ってどうなるものではない。言わなくてどうなるものでもない。

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