蒼天の名の下に…

□第三章
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動き出した時計の針は止まることなく、力の限り時間を刻んでいく。
始まりは告げられた、是か非か、正す術はない。
歩んだ先に待つのは栄光に満ちた覇道か、欺かれた地獄か。

−確かな変化−

深淵、そう呼ぶにふさわしく辺りは闇に包まれて何も確認できない程に満たされていた。
ここがどこかなど知るはずない、わずかに理解できるのは現実に意識が傾いていないこと。
ここは夢、全てが虚ろで、幻で形成されたいわば蜃気楼の楽園。
そして時に肉体的苦痛ではなく、精神を拷問されるような場所で構築された牢屋でもある。
嫌いだった、幻に惑わされる自分も、その確証などない希望に微かにすがりつこうとする自分が疎ましかった。

‘でもそれは、君が無意識に求めている願望、いわば望みそのものだよ。’

声が聞こえた、いつも途切れるだけでろくに聞き取れないはずなのに、とてもはっきりとそしてその相手は確実に自分に向けられている。
喋ろうとした、だが猿轡されているような感覚に襲われ言葉が喉から出て来ない。
答えなければいけない、そう思ったのにできないのは体が拒否しているような、そんな勘違いが発生しているようだった。

‘君が手にしたのは一つの可能性だよ、それを正義に使うか邪心に使うか君に委ねるよ、ただ僕としては前者に使ってほしいな。’

何処からともなく響く声はこちらの様子に構うことなく話を続ける。
相手の姿形、そして気配さえ感じないのに声だけは耳に届いていた。
誰なのか知りたい、でもそれを知るのはまだ早いというように肉体の制御権がいつまで経っても脳に譲られない。
まるで独立してしまったように私という個体が二分されてしまったようだ。

‘焦らなくていいよ、きっともうすぐ逢える。そして忘れないで、僕はいつも君を見ていることを…。’

こちらの意図を手の内にしているように声はその波長を段々と遠ざけていく。
そして暗闇は元の生物の鼓動さえ感じさせない静寂に還元していった。
溜め息を付こうとした時だった、前方から一筋の光がこぼれやがて視界の全面を覆い尽くし、反動的に目を閉じる。
その光の先に人影があることなど、知るはずもなく…。


重くへばり付いている位閉じていた瞼を何とか開くと、目の前にはいつもの見知っている天井がなかった。
意識が徐々に覚醒していることを確認して仰向けになっていた上半身を起こす。
そこは自室ではなく、洋風の広さにして約八畳ある部屋だった。
左方にある窓の傍に置かれた本棚には難解な図書がずらりと並べられ、その隣の机の机上は先程まで勉強していましたというように乱雑に散らかっていた。
ベッドから起き上がろうとすると、昨日来ていた服のままだということに気付く。
その時気付く、自分はあれからどうしたのかまるで記憶になかった。
必死に思いだそうとしても手掛かりとなる情報を記憶の引き出しからは発見できなかった。
頭を押さえ、何とか考えようとした時、狙っていたかのようなタイミングで遮るように外からの階段音に意識が強制的に奪われる。
ノックもせず開けたのは、この部屋の本来の主人。
起き上った姿を見て何処か怒りに満ちた瞳を向けている。

「起きたか。大変だったんだぜ、お前ここまで運んでくるの。」
「おはよう、あのさ…。どうして浩亮の部屋に私がいるのかな?」
「決まってるだろう?昨日抜け出して何処に行ったかと思って後つけてみたら、学院の傍にある山の天辺で倒れているお前をおぶって来たからだよ。」

多々疑問を感じる点はあるが、とりあえず蒼一はなぜここにいるのか部屋主の浩亮に訪ねる。
質問に呆れながらため息を吐きつつ訳を話すと、浩亮は自室の椅子に腰かけた。
内容に蒼一は一瞬よくない方向に状況は進んでいるということにすぐさま直結する。
昨夜起きたことは他人に知られるわけにはいけないもので、そうしては自身の思惑がすべて台無しになる恐れがあった。
ただ言い訳するにも、倒れていた場所が場所だけあって下手な嘘が通じるほど、目の前の龍人は勘が鈍くなく、また利口なため蒼一はますます内心焦っている。
何とか言い逃れる術はないものかと考えていると、浩亮はそんな心情など知る由もなく言葉を続けた。

「まぁいい、学院で急遽出された宿題を二人でやるために俺の部屋に泊まりました、そんな口実をお前の祖父ちゃんに言っておいたから、口裏合わせておけよ?疑われても俺はしらねぇからな。」

予想と反する答えをした浩亮に唖然としてひょうきんな声をあげてしまう。
いつもならここで追及してくるはずがあっさり引き下がるどころか何も聞いてこないことに驚きを隠せないでいる。
蒼一の態度をよそに浩亮は立ち上がり階下へと向かうためか、部屋から出て行ってしまう。
後ろ姿を呆然と見るのを刹那までしていたがすぐに意識を思考に回して昨日のことを思い出そうとしたが混乱しているのか、または寝起きのせいか中々頭が働かないでいた。
右手のひらを広げては閉じる動作をして、そのまま虚ろな視線を窓の外に向ける。
そこにはいつもの青空が広がっていたが、かつてあった色はいつも見ていた風景を奪ってしまったように蒼一には灰色に見えた。
何かが変わると思った、でも何も変わっていない現実に残念さを感じてみるが今更遅いだろう。
この時蒼一にはまだ自覚がなかった、確実に変化したことがあったのを認識するわけもなく…。
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