蒼天の名の下に…

□第二章
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突きつけられた現実は、私から自己の存在定義を剥奪していった。
是非など問う猶予もなく、ただ確かにその証明だけがむなしく残った。
人が自我という個体から逸脱することはできない。
それが摂理、それが定義だから。
でも、私は空っぽだ。
私という個体を、確立する術はあの時すべて脆く崩れた。


−兆し・邂逅−


元気なのか疲れているのか、今の自分の体調がいまいち掴めないが、もし後者だとしても今は道端なので浮浪者のように野宿する暇があるなら自宅で休息したい。
そんなくだらないことを考えながら夜の道を両隣りに山のような巨体の大男二人と共に帰路に着いていた。
昼間の騒ぎで街にあるこの大陸の軍の支部が出動、関係者全員を調査という取り調べを行った。
そんな中でもとりわけ時間を取ったのが、あのベヒーモスと相対した私で、先ほどようやく解放されたばかりだった。
先に帰っていていいと言ったが律儀なのか家が近い、または同じ敷地内にあるというだけで数時間もの間学院で待ちぼうけをしてくれていた。
正直待たせたのは悪いと思うが本人たちが好きでやったことなのであまりとやかく言わないでおく。

「いやぁ、今日はとんだ騒ぎになったな。」
「まぁな。そのせいで何人かPTSDを診断された奴もいたらしいぜ。」

浩亮が言った用語を理解できず、必死で足りない頭で考える寛之は放っておいて昼間の事を改めて思い出す。
騒ぎの後、安心感からかクラスの女子生徒の大半、また男子生徒も半分は泣き崩れて残りの授業どころではなくなってしまった。
ルドルフ先生も初めて見せる疲れた顔から十分くらいわかるように、保健室のベッドに着いた瞬間意識を飛ばしてしまった。
午後の講義は当然中止、それどころか学院全体に軍の調査も入ったため休校状態になり、後は指示に従って順番に帰宅させられた。
私も被害者なのだが、どうしてここまで時間がかかったのか疑問に思い聞いてみたが何も答えてくれなかった。
守秘義務、という割には随分と手荒い扱いだったので軍の質が悪くて腹立たしかったが、いまさら言ってもしょうがあるまい。
そうこうしているうちにようやく自宅が見える。
これでようやく横になれるものだ、お腹は途中支給された食事で済ませたのである程度は満足した。
じゃあ明日な、そう言って寛之は私と浩亮と別れうちの隣にある八神邸に向かって吸い込まれていった。
こちらも無駄にでかい門前を開けて敷地内に入り、歩いていくと左手側の奥の方に一戸建ての家が建っている。
そこに雨宮さん一家は寝泊りをしている。
初め、うちの家に住む予定だったのだが祖父が気を利かせてこの一家のためにわざわざ家を建てたのだ。
費用は祖父持ち、もちろん使用人として雇われるのにこんな待遇は受けられないと雨宮さん夫婦は断っていたのだが、祖父の覇気に負けて言葉に甘えたと聞いている。

「じゃあな、今日はゆっくり休めよ、蒼一。」
「うん、そっちもね。おやすみ。」

取りとめのない会話を済ませてそれぞれ自宅に入っていく。
私の家は無駄に広い。
洋風の作りで部屋数は10部屋以上あり、間取りも一部屋約15畳もある大豪邸だ。
私の祖父はこの町の町長を務めている、父と母はその秘書みたいな役割を担っている。
両親と祖父の仕事に対して誇りとか自慢、そんなちっぽけな見栄など持とうとも思わなかった。
この家は確かに明言するときは自宅という、しかしこの家の所有者は祖父だ。
正式にいったら私のものではない、だからあまり自分の家という実感がない。
玄関に入り、靴を脱いで室内に入ると急に体が重くなるのを感じて、ようやく自分が疲労困憊なんだと自覚した。
リビングに通じる廊下と通り、二階に続く階段を上ろうとした。

「蒼一か?蒼一ならこっちに来なさい。」

不意に奥の、洋式の家には似つかわない襖の部屋から呼ぶ声がする。
いくらか覚悟はしていたつもりだが、昼間の話。
呼ばれてようやく思い出したが、いまさら心の準備をする暇はないので覚悟を決める。
真正面に来ると正座をしてそのまま部屋の主には見えていないが一礼する。

「ただいま帰りました、おじい様。失礼いたします。」

一声かけて正座のまま襖を開ける。
正面には座椅子に座りこちらに背を向けたままの祖父、凪 清彦がいた。
何か作業をしているのだろう、手元は見えないが邪魔をしてはいけないので聞かないようにいつもしている。
祖父の部屋は家の様相とは正反対の和室、畳に襖と洋風をすべて排除した部屋で構成されている。
祖父の自室には入らず、フローリングの床に正座したまま祖父が喋るのを待った。

「今日のことは聞いている、すぐに休め。」
「はい、それでは…」
「待て…なにか、言うことがあるのではないか?」

流れから何も聞かれないと思って閉めようとしたが、やはり甘くなかった。
威厳ある言葉は、重圧を感じさせて私にのしかかってくる。
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