ミジカイノ

□いろはうた
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「俺だって字ぐらい一応書けるさ。」

どういうわけだか、彼女と話すと子供っぽい事を言ってしまう。

「そうですね。失礼しました。
どうぞ、子供達の為に私なんかに構わず書いてて下さいな。」

そう言った巴。
クスクスと小さな笑い声が聞こえた気がするような…。
なんだか彼女と話すと、自分が酷く餓鬼っぽく感じる。
本当に彼女には調子が狂わされる。
だけど俺は彼女が好きだ。
愛とはどういうものなのかはよく知らないが、俺は彼女が必要だと思ってる。
傍に居たいと思ってる。
彼女が他の誰よりも大切だと思ってる。
この気持ちが愛というのかは分からないが、俺は彼女が好きだ。
こんな気持ちを巴には素直に言えないが、俺は常日頃思ってる。
今まで誰に対してもこんな気持ちを抱いた事はない。
だからいつも変な感じがして仕様がない。
何となくもう一度筆を墨につけ、再び整えた。
そして今度こそ書こうとしたその時、

「あなた、お茶をどうぞ。」

!!!

ベチョ。
驚いて今度は思わずつけてしまった。

「あっ、」

しまった。
もらった紙はこれ一枚しかないのに、やってしまった。

「あら、すみません。
私がいきなり声を掛けてきたせいで…、気付くと思ってたんですが、あなたがあまりにも難しい顔をして集中していて、全くこちらに気付かないので…、でも、声を掛けたのが間違いでしたね。」

そう言って巴は申し訳なさそうに、机の上に湯飲みを置いて、頭を少し下げた。

「いや、良いんだ。
声を掛けられたぐらいで失敗する俺の方が情けない。
それより新しい紙が欲しい。
巴、半紙を一枚用意してくれ。」

渡されたのがこの一枚のみだから、失敗した分の予備は無い。
生憎俺は筆等はおろか、半紙の置場所さえも知らない。
こうも巴を頼らないといけない自分が情けなく感じる。

「ハイ、半紙ならその一番上の引き出しに在りますよ。
どうぞご自由に、何枚でも。」

そう言われて俺は言われた引き出しを開いた。
見ると、そこには皺一つ無い半紙がキレイに積み重なって、引き出しの中に収まっている。
俺はその中から一枚取り出し、先程と同様に下敷きの上に敷いて準備した。
そしてなんとなく、机の上の巴が用意してくれた茶をすする………。

「………。」

確かに感じる人の気配。
すぐ隣に居る。巴が。

「巴、繕い物はもう良いのか?」
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