ミジカイノ
□いろはうた
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「巴、墨と硯を知らないか?」
普段は全く筆など使わない。
だから書くための道具が何処に在るのかは俺にはさっぱり分からない。
なので囲炉裏の傍で繕い物をする巴を呼ぶ。
家の事に関しては巴の方がうんと詳しい。
「私ので良かったら机の上に在りますよ。
どうぞ、使って下さい。」
奥で巴が返事をした。
「有り難う。それじゃあ使わしてもらうよ。」
机の上にはそれらの物がスグに使えるように、キレイに整えられてあった。
勿論筆もしっかりと洗われてある。
彼女は毎晩日記を書いているが、よくもこんな綺麗に扱えるもんだ。
使うのにも少し抵抗を感じる位だ。
懐から四つ折りにされた半紙を出して、下敷きの上に敷き、上に文鎮を乗せる。
字を書くのは本当に久しぶりだ。
元々字が下手くそだから、書くことすら嫌いだった。
だが、頼まれたからには仕方がない。
筆を持って墨にたっぷりと浸す。
いざ、筆を整えて半紙に書こうとしたその時、
「あなた。」
!!!
思わず筆を半紙に付けそうになった。
巴がいきなり声を掛けてきた。
別にやましい事をしているわけではないが、慣れない事をしている最中に、何故か巴にいきなり声を掛けられると驚いてしまう。
「何か用か、巴?」
思わず驚いてしまったが、スグに平常心を取り戻して返事をした。
「いえ別に、一体何を書いてるのかしらと、思っただけです。
あなたが字を書くなんて初めてなので、少し気になって…。」
………。
あまり言いたくなかったが、
「いろはうたを書こうと……。」
きっと巴も驚いている。
というより意外だったろう。
まさかこの歳にもなって、いろはうたを書こうとしているだなんて、思ってもみなかったに違いない…。
「いろはうた……?一体何故ですか?」
予想通りの返事だった。
「昨日子供達に頼まれたんだよ。
字が書けない子達が、俺に紙を渡してきて、書いてって頼んできたんだ。
皆も親が忙しく、教えてくれる人が誰も居ないらしい。
それで今日書いて、明日その子達に教えようと思って…。」
あまり人に字は見せたくないが、子供達の為ならば仕方がない。
俺に出来るのならば教えてあげたい。
「そうでしたか。あなたらしい理由ですね。
てっきり私はあなたが、字を習い初めたのかと思いましたよ。」
穏やかな声で巴が言った。
なんだか彼女に言われると妙な気分になる。
歯痒いと言えば良いのだろうか、今イチ変な感じだ…。