拍手有難う御座います


素敵文字書き様のお話に触発された小噺(パラレル時代物風)第二弾です。今度は無駄に長いですが、宜しければ読んでやってください。




■■■■■■■■■■



「…この人形が来てからろくなことが無い。娘は寝込むし、店は傾く一方だ。どうにかできるのなら金子は望むままにやろう」

頼っているというのに尊大な男の態度にゾロは鼻白んだ。
金を持っている連中は大抵こうだ。自分たち以外の人間は全て地面を這い蹲る虫程度にしか見ていない。
ちらりと横に目を向ける。
視線の先に居る男は淡々と話を進めた。

「流石、西海屋の旦那だ。では、その人形は預からせてもらう。但し戻すことは叶わないかも知れない。その場合金子の返却はなしだ。いいかい?」

「ああ、もちろんだ。煮るなり焼くなり好きにしておくれ」

言外に戻さなくても良いと言っているのがありありと聞き取れる。
件の人形を白い手に渡した男はこれで厄介払いが出来たとばかりに言い値に色をつけて金子を差し出した。
よほど恐ろしかったのだろう。まぁ分からぬではないが、これならもっと吹っ掛けても良かったのではないかと再び隣の男を横目に見る。
相も変わらずの無表情。
白い面はまるでこちらが本物の人形ではないかとさえ思わせる。
…馬鹿な話だ。
決して人形ではない証拠に金の髪がするっと揺れ男は「…それでは」と言いつつ立ち上がった。

「あぁ、茶も出さずにすまなかったね。宜しく頼むよ」

端から茶など出す気も無いだろうに。
醒めた目で男を一瞥し、だがすぐに興味を失い視線を外し先を歩く黒い着流しの後を追った。




闇に溶けそうなほどの夜の街道。

「…やっぱり何か憑いてるのか?」

普通の人間より夜目が利くゾロは男の手に抱かれた黒髪の人形をチラリと覗き込みつつそう聞いた。

「あぁ。だが別に悪ぃもんじゃねぇよ」

「だがさっきの狸じじぃは娘だか店だかがどうとか言ってたじゃねぇか」

すると鼻で笑う声が闇夜を震わせた。

「…何か異質なものがそこにある、するってぇと自分の身の回りで起きた不幸を全部それのせいにしたがるもんだ」

「そんなもんか。あのおっさんは祟りがどうとか喚いていたがな」

「はっ、御店(おたな)が傾くのはあのじじぃの色狂いのせいだろう。妓楼に相当ばら撒いてるってぇ話だ。娘のこたぁ、実は男に袖にされて寝込んでるってぇ話だぜ」

それを全部この小さな人形のせいにしているのか。
眉間の皺が知らず深さを増す。
そんなゾロに視線を向けずに男は嗤う。

「生き人ってぇのは大概がそんなもんだ。まぁ、これに何かが憑いてるってのは本当だからな。転嫁するのも無理はねぇだろうさ」

本気でそう思っているのか知れないが、しきりに手の中の人形の髪を梳いている男の姿にゾロは視線を正面に戻した。

出会ってから何度と無く男と共にこの類の事案を請け負ってきたが男の真意はようとして知れない。
一体何のために死人を相手にしているのか。
見える、といっても自分の暮らしに障りが無ければこの男ならば放っておきそうなものなのに。

「…さぁてと、嬢ちゃん出ておいで」

竹林を抜けた先の小さな祠の前に人形を置いた男はしゃがみ込んで優しげな声で呼びかけた。
この男は生き人より死人への情が深いように思える。
女はともかく生身の男に対する扱いは酷いものだ。
今日の相手だとて依頼人でなければ口も利かないだろう。
だからと言って男の死人に優しいかといえばそうでもない。
ただ、雰囲気が違う。生き人に対するより柔らかいのだ。


「…どうした? かか様とはぐれたか?」

男の視線の先にいつの間にか幼子が立っていた。
5つか6つか、酷く痩せた手足に所々綻びた着物を着けている幼い娘だ。
ぼうっと青白い光の中で不思議そうに男を見ている。
暫くしても男の滅多に見せない柔らかい笑みが崩れないのを見て、ややあってから細い応えが返る。

『…わたしが見えるの?』

そうだ、と頷くと娘は安堵したのか堰を切ったよう短い言を紡いだ。

『かか様と、みんなと歩いていたの。でもその子を忘れちゃって。戻ったら出られなくなったの』

意味を解しかねて眉根の寄るゾロを捨て置いて、男はそうかと頷いた。

『…かか様はどちらへ行ったのだろう?』

「かか様が恋しいか?」

頷く幼子に男は小さく笑んでその薄い陽炎のような頬に手を添え、そろりと己が面を近づけた。
あっと思う間もない。
あまりに自然な動作に制することも出来ぬまま、ゾロはその光景に見入っていた。

人であった人ならざるものと、人でありながら人にあらざる力と姿を擁するもの。

重なり合った額がまるで白く光を発しているようだと思った。

「…見えるか?」

『あそこにかか様がいるの?』

「そうだ。かか様のことだけを想って行け。お前を待っている」

小さく頷いた幼子の手に人形を抱えさせ男はそっと背を押した。
そのまま数歩行きかけた小さな足がふと止まる。
まだ迷っているのかと目を眇めると、幼子は男を見つめて問いかけた。

『…おじちゃんは行かないの?』


心の臓がドクリと鳴った。


何故かは分からぬまま男を見れば、男は苦く笑うてかぶりを振った。

「…まだ行けぬよ。…行っても追い返されるだろうて」

それより早う行け。
再び促すと娘は手を振り駆けて行った。
その姿が闇に溶けていくのを見届けて男はひっそりと笑った。

目を伏せ、口元に薄い笑みを這わせた男の姿に再びドクリと血が滾る。
先のそれとは違う脈動にゾロは細く息を吐いた。
これは情動だ。
分かりやすい己に呆れて頭を掻く。
そう、元来複雑な感情など持ち合わせぬ性分だ。

ならば、先ほどのあれは何だ…?

「…我が消えると思うたか?」

笑いを含んだ言に驚き目を向ければ、底意地の悪い笑みにぶつかった。

…そうか。と、一人合点がいった。

この男が消えるかも知れぬ予感に、成る程自分は恐れを抱いたのか。
この得体の知れない男が顕世(うつしよ)を去るのが恐ろしいのか。

何故かは知らぬ。

知らぬが、それはこれより先、一生付きまとうものだと得心がいった。
故が分かるにせよ分からぬにせよ、先の世にこの男と共に在るにせよ無いにせよ、ずっとしこりの様に己が胸に残るのだろう。

それはどうしてか至極納得の行く答えだったし、揶揄するつもりが当ての外れた男の訝しげな様子にゾロは頬を上げて笑った。

「…気味の悪い男だ」

いつの間にやら顔を出した月明かりが冴え冴えと降り注ぎ、呆れた白い面を照らしている。
今、これを見ているのが己のみだという事実がやけに心持良い。
どうせなら幽世(かくりよ)の先まで見ていたいものだと、そんな事を思いながら早々に歩き出した背を追って歩を踏みしめた。


[終わり]


■■■■■■■■■■


…ここまで読んでくださって有難う御座います。偽時代モノで申し訳ないです。言葉遣いとか全然分かっていないので心意気で読んでいただければ幸いです。




一言何か有りましたらどうぞ。拍手のみでも送れます。



[TOPへ]
[カスタマイズ]

©フォレストページ