甘
□なんでもない話
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うつ伏せで肘をつい、特に何かをするわけでもない。
クッションを抱えてうにゃうにゃしている大王が唐突に言った。
「もしも、オレたちが人間だったらどうなってただろうね?」
すり寄ってくる体は肌触りのいい浴衣を着ていて、そこから伝わる温度は少し冷たい。猫科属性の上司は僕の体温を吸収すべくぺっとり張りついている。
「そもそも会わなかったんじゃないですか?」
「会ったと仮定しようよ!
話が終わっちゃうじゃんか」
取り留めない仮定の話をこの人は好む。
立場が逆ならどうなっていたか、とか。
本当なら、有り得ない現実逃避を楽しげに語るのは無邪気な子供と同じで、嫌いじゃない。
「人間だったら、種族差も今よりないかもしれませんしね」
「少なくとも、鬼男君は敬語じゃなかったと思うな」
上司に対して敬語を使わない自分を想像してみる。
タメ口か、見下すような口調か、どちらにしろ違和感バリバリ。
「あんたの方が年上だったら敬語でしょうよ」
「そこだ!
オレの方が年下だったら面白くない?」
嬉々として話しながら、僕をひっくり返して胸に頭を乗せる。
動かないと死んでしまうんじゃないかと思うくらいに、ちょこまか動いている。マグロか。冷たい体が熱を吸って温くなってきた。
「年下ねえ。
怖がられそうですよ。実は意外とこんな仕事なのに人見知り激しいですもん、あんたは」
「なるほろ。そうかそうか。
育てゲーみたいでいくない?」
「いくないです。
僕にショタコンのケはありません」
ムーッと頬を膨らませて、上司は思考を巡らせている。
より正確には、少し人間を疎んじる面があるということ。好きってプラス感情だけじゃあ、やっていけないことはいくらでもある。そういうものは得して脆いのだ。公平に、平等にがモットーの審判者だから、好きでも嫌いでもないくらいに。
一種のふてぶてしさがなければこの中有では生きていけない。まして務まらない。
「じゃあ女の子だったらどう?」
「うーん」
「セーラー服着ても怒られないじゃん」
どうなんだろう。
ある意味では、全うな恋愛なのに、違和感がバリバリなのはどうなんだろう。オッサンがオバサン…ううん。
「鬼男君が女の子だったら、どっちかっていうと女の子にモテそうだよね」
「気持ち悪いんでその想像は止めろ」
「ムーッ」
自分が女だったらというのは却下したらしかった。無理もない。
「鬼男君がちっこい男の子でも、オレはきっと育てながら待てるよ?」
「じいさんになってるかもしれないじゃないですか」
「夢がないなあ」
くすくすと笑いながら、僕の首に組み付く。
にっこり笑っている彼の頭を撫でる。手入れの行き届いた猫みたいだと思う。
するすると指通りがいい髪。
くすぐったそうにしながら、長い指が僕の頭に同じ事をする。
髪質は勿論長さからして違うから、指通りも違う。短い僕の髪を遊ぶように梳く。
「閻魔大王」
「ん?」
眠たくなってきたのか目を細めた彼が僅かに首を傾けた。
「たとえ人間だったとしても結果は同じだったと思いますよ」
本格的に眠たくなってきたのか、んーと唸り胸から転がり落ちて、僕の腕に懐く。
兎に角離れたがらずにくっつくのが好きらしい。
「それは、どんなふうでもこうなってたってこと?」
子供みたいな口振りだった。本当に眠たいらしい。
「そういうことですよ」
「そっか」
満足げな声が答えた。
眠たそうに目を擦ろうとする手を制して、背中を軽く叩く。
程なくして、軽い寝息が聞こえてくる。
たとえどこかで何かが違っていても僕はこうやってこの人を寝かしつけてやるんだろうな、そんな、なんでもない話だ。
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