中編

□阿修羅姫5
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 * * * * *


夢を見ている。
それがはっきりわかるのは、これがもう過去に終わったことだって知っているからだ。

「お前には、本当にいろいろ迷惑をかけるね」

普段は人の迷惑省みずで、自分のやりたいことをごり押しする相方は、珍しく肩を落とし、申しわけなさそうにオレを見ている。
その背がいつもより高く見えることと、相方の胸がおっぱいミサイルじゃなくなってることから、これは転生の直前なんだってことがわかる。

「今更だろ」

「それもそうだな」

ぽんぽんと頭を撫でられる。
そう、だからオレの声も高い。
女の子研修が決まったのは、相方の転生が決まったすぐ後だから。当分要らなくなる女の子の要素をオレに預かれって言ったことがそもそもの発端。

「美人系になるのかと思ったら、まー随分可愛くなっちゃってーくりびつー。怖いオジサンたちに襲われないように気をつけんしゃい」

「余計な心配だよ。体は女の子でも中身は男のまんまだもん」

「そうか?
 ボディーさえ女の子なら、中身なんかどうでもいいっていうどうしようもないヤツがお前の身近には多いだろ」

そりゃあそうだけども。あちらにだって奥方はいらっしゃる。これ以上増やしたって仕方がないんじゃなかろうか。
何故か相方は大きく溜め息を吐いた。

「お前ねー、自分が基準になるんだから仕方がないだろうけど、絶倫野郎にこっちの常識が通用するわけないし、そっちの理屈では妻の威光がそのまま夫のものになるんだろ?
 お前の場合、閻魔大王と地蔵菩薩で二倍だし。
 だったら、かわいこちゃんと権力主義をこよなく愛する迷惑な親戚が乗り出してくるってのは予想がつくんじゃないか。」

だから、私はお前に苦労の種ばかり置いていくことになるんだよ、と悪友は珍しく申しわけなさそうな顔をした。
あまりの似合わなさに思わず吹き出してしまうと、チョップが飛んでくる。
最後だから、甘んじて受けてあげた。

「オレが素気なく断ったのに、無理矢理地蔵菩薩任せたのは君だろ。
 そりゃあ、最初はカレー臭いな、鬱陶しいな、カレー臭いなと思ってたけどさ。君のしてくれたことにオレは感謝してるよ」

「おまっ、あんな真面目な顔してカレー臭いしか考えてなかったのか?!」

「うん」

がっくり肩を落とす相方に、思いっきり笑ってやる。今まで散々振り回されたんだから、これくらい構わないだろう。

確かに君は傍迷惑なヤツで、こっちの都合なんか考えないで突き進む。
散々振り回されたり、押し倒されたり、道教神から勝手に子供もらってこられて育てたり。
かけられた苦労は数知れない。

けれども、楽しかったし、それまで救えなかった死者を救済する術をくれた。今のこれだって馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、その内身になるだろう。多分。

「まあ、トータルとして感謝してるよ」

「そりゃあどーも」

まだふてくされた顔してるから、ほっぺたをつついておいた。
最近肌荒れなのかちょっとザラザラしている。

「あんまり長居されちゃうと名残惜しくなっちゃうから、もういきなよ」

「お前ねーもうちょっと情緒ってものがないの?私だって、一回転生したら二百年くらいはいないんだぞ?裁きの時に会っても、それは私じゃあないわけだし」

「そんなもの、オレたちにとって一瞬じゃないか」

初めて会ったのもちょっと昔、くらいなもんだと思ってたのに、人間の時間に照らし合わせたら途方もないくらいのお付き合いだ。

「まあなー。でもさ、一瞬の時間の中でもお前と会ったみたいにものすごい出会いがあるかもしれないって、私今からヌルヌルしてるんだ。
 お前もそういう出会いがあるといいな」

「どうだろ?
 死者は通り過ぎてくものだし、鬼の子だってここにいるのは罪を償う間だけだからね」

「そう枯れたことを言うな。妹ちゃんとの関係も私との関係も、半ば流されてこうなっちゃったとこあるんだからさ。今度こそすてきな恋をしんしゃい。なんなら候補連れてきてやろっか?」

苦笑いで首を振る。
今のところ、仕事は落ち着いているけれど、そんなにいろいろ変わったんじゃおっつかない。
泰山だって、まだ仕事を始めたばっかりで目が離せないし、自分のことばかりにかまけているわけにはいかない。

「まあ、いいさ。
 とりあえず、この子がいいと思ったら迷うなよ」

「はいはい、ご忠告傷み入ります」

素直にありがとうが言えないのかお前、とチョップを食らう。
そりゃあ、君。
今まで散々迷惑かけられたのに、かっこつけるとこばっかりキッチリかっこつけるんだもの。

「その体にとって、一番最初の大事なものを、閻魔が本当に好きになった子にあげんしゃい」

「何、オレの初恋の相手って男の子なの?」

「だって、女の子、両性具有ときたら次は男の子だろ」

「いやいや、普通両性具有は選択肢に入りませんから!」

「見識が広がってよかったな」

あっけらかんと言われると、返す言葉もない。ホント、短い付き合いではないのに口では全くかなう気がしないよ。

じゃあ、またなって言われてやっと術式を描いた。
どうか、いい人生をなんて祈るまでもない。だって、君はどこにいっても自分でなんとかしちゃうからさ。
せいぜい言うことがあるとしたら、カレーのある国だといいねって、それくらいかもしれない。



夢の名残が体にまとわりついているみたいだ。なんともタイミングがいい。
もしかすると、事前にこうなるようにってあの手回しのいい友人は何か仕込んでいったのかもしれない。

話してみようか。
観ちゃんのことも、研修のことも、昨日思ったことも全部。
君なら、怖くなくなる気がするって。怖くても、恐怖とは違う気持ちでドキドキするのを止められないって。
そもそも、そんなに了見が狭い子を好きになった覚えはないし、たとえ男の体よりこの体がいいと言われても、中身がオレであることに変わりはないんだから。否、ショックだろうし、一回くらいは泣いてしまうかもしれないけど、気まずくなるよりはよっぽどいい。

「トゥルダク、支度するから手伝って」

「ヤマ様」

「なあに?」

「暫くの間は、お休みをとれないんですか?あちらは何かと警備に問題がありますし、広いです。手が回らないです」

苦笑いが漏れる。
心配してくれるのはすごくありがたいし、心配されても仕方がない状況ではあるけれど、仕事はそう簡単に休めない。
わかっていても、言わずにはいられないんだろう。
甘えたくもなるし、縋りたくもなるけれど、ワガママばかりは言っていられない。

「鬼男君もいるし、君だってまた宿直室に控えていてくれるでしょ?充分だよ。信頼してるもの」

「そう言われると、引き止めづらいです…」

でもまんざらじゃないでしょ?こっちだって嘘は言ってないってわかってくれてるだろうから。
やっぱりずるずるとまとわりつく寝間着をさばきながら、とりあえず伸びをする。気重な胸の塊がちょっと揺れた。

「シャワー浴びてくるね」

「はい、了解です。
 晒しを巻くときはお呼びくださいませ、ヤマ様」

「ありがとー」

寝間着を脱いで、脱衣場の籠に放り込む。

見下ろす素っ裸の体は立派にその性を主張している。

どうにも、バランスの悪い体だ。
ウエストは、キュッとくびれているし、ちっちゃいちっちゃいと思ってたけど女の子にしては長身で、脚もすんなりと細い。比較対象が妹しかいないけれど、結構似ている。当たり前か。双子だもの。

ただ、肌の色はいつものように死人色だ。個人的な好みとしては鬼男君や妹みたいに健康的な小麦肌が好きなのに。

いつもとの違いといえば、お尻もやっぱり膨らんでいる。
そんなに気にはしていなかったけれど、後ろ姿も全然違うものになっているだろう。

そして、一番の悩みのタネがこれだ。
ひときわ存在感を放つおっぱいミサイル。潰そうが、何しようが一向に小さくなる様子がない。

セーラー服を着たら、間違いなく風俗のコスプレになっちゃうだろうボイン。なんでここだけがこんなにご立派なのか謎だ。妹を含め、親戚にもこんな巨乳はいなかった筈なのに。

そういえば、鬼男君の好みって知らない。否、関係上知ったら知ったで切ない。
過去の女性関係だって耳を塞いできたんだ。
貧乳フェチですって言われても、全く喜べないけれど。

温泉とは別に造ったシャワールームの方に入る。お風呂は大好きだけれど、サッと浴びられるからシャワーも好きだ。
汗は滅多にかかないけれど元々、水浴びとか沐浴はしょっちゅうしていたから、その名残みたいなものだろう。

熱めのお湯を身に受けて考えを巡らせる。

凡そ百七十年。女の子の日は度々やってきてオレを困らせてきた。
たまたまその間、秘書を置いたりはしていなかったからなんとか誤魔化せたけれど、今度はもう駄目だ。ここで踏ん切りをつけなくちゃ。

知らず知らずの間に、自分の体を抱きしめていた。
ほんの一日、触れてもらえなかっただけなのに、ちょっと声が聞けなかっただけなのに、こんなに寂しい。

会いたい。会いたい。
少しだけでいいから、あの手に触れて、声が聞きたい。

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