反転飛鳥

□苛烈なる椅子取りゲーム9
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009

一言で言うならば、どんより。
何がって同級生の顔の話。かなり暗雲が立ち込めて、今にもどしゃ降りになる気配だ。
浅黒い顔には似合わない『話しかけないでください』って表情を浮かべている。

「鬼男、昨日を超えたよ。今の君は六月に放置された鯖を超えようとしてる」

「……ほっといてくれ」

ほら、死んでる。もう目どころではなくて、顔全体が死んでる。
女王様と何かあったんだろうか。珍しい。

「ほっといてもいいんだけど、君が沈んでると周りが不安になるんだよ。女王様のゴキゲンは麗しくないのかなーと」

「あの人は普通だよ。今日はちゃんとスパッツはかせたし」

「は?」

「なんでもない」

ダメだ。
上の空。半分どころか、四分の三も話を聞いていない。

羨ましいほどに整った顔を曇らせての溜め息。なんていうか、こいつと女王様はいちいち背景になんか背負ってる気がする。点描とかグレードの高そうなトーンとか。
太子なんか、そのあたりは全くっていってもいいほどダメダメなのに。

女王様は太子の従妹で、鬼男もかなり遠縁だけども親戚らしい。同じ品種でも育った土地が違うとここまで違うかと思う。太子もそっちの田舎に突っ込んどいたらなんかが変わるのかもしれない。否、かなり賭けになっちゃうけど。
それは今のところ置いておくとして、友人のガックリ度に話を戻す。

「ねえ、なんかホントに死にそうだよ。ヤバいって。
 聞くだけになるかもしれないけど、話さないよりはマシだろ。話してみろよ」

机の前に立って、顔を覗き込む。顔色が褐色どころか土気色にさえ見える。
こんなにひっどいのは三ヶ月前に風邪をひいた時にだってなかったのに。

しばらく逡巡する素振りを見せてから、彼は唇を舐めた。

「僕さ、あの人にとって重荷かな」

「………」

絶句。
思ったより深刻だ。
精々、またなんかこうすごい無意識なお預けを食らわされてグロッキーになってるだけだと思ってたのに。
だって、あの人鬼男の布団で寝ちゃうんだぜ?年若い男の部屋で、ピチピチの女の子のやっていいことじゃないって。襲ってくださいと言ってるようなもんだって。
まして、単騎でやりあったら見かけどおり鬼男の方が強いのに。

だけども鬼男は手を出さない。主人に噛みつくような甘い訓練はしてないってわけだ。

「それって、まさか本人に言われたの?」

「否、太子に」

「太子ぃ?!」

おいおいあのアホ伝説、思春期の繊細極まりないガラスハートの男の子になんつーとどめをさしてくれちゃったんだ。

僕にとっての女王様がそうであるように、鬼男にとっての太子は一種小姑みたいなもんで、否、それ以上にでかい存在だ。だってあの二人双子かと思うくらい仲がいいんだもん。

僕が女王様の機嫌を損ねるとまずいように、鬼男にとっては太子に睨まれるのは何のプラスもないマイナス地獄の筈だ。

鬼男の曇り顔はいよいよ深刻なものになる。考えこんでいるみたいだ。

「本人が言ったわけじゃないんだから、そう気にしなくても、」

「あの人は使用人のことを悪く言ったりはしない」

きっぱり返される。

「豊郷の人間に嫌われることが何に直結するか、よくわかってるから絶対言わない。それで自分が損をしても、多分その方がマシだって言うだろうさ」

これは、きっと僕が口を出していいような問題じゃない。
何を言っても気休めにもならないし、僕には鬼男の言うそれがちっともわからないから。

ただし、予想は出来る。太子がお節介にも従妹に対して口にする言葉から、なんとなくだけど察することが出来る。

「僕はさ、太子が何を言いたかったのかなんとなくわかる気がするよ」

弾かれたようにこっちを向く鬼男に、まあ落ち着けよ、とその肩を叩いた。
元々がっちりしてる、とかそういうわけではなくて、日頃から一生懸命鍛錬してるんだなってことがよくよく感じ取れる肩。
どうしてそんなに自分の身体をいじめぬけるのかと訊かれれば、コイツは無言で女王様の方を向くだろう。それくらい当たり前に彼には彼女の存在がしみついている。
それはすごくうらやましい気もするけれど、全く同じ存在になりたいかと問われれば別だ。

「使用人じゃなく、河鍋鬼男としてでだけ、主人でない豊郷閻魔に向き合うことが出来るのかってききたかったんだろ」

使用人と主だろうが、相手がどんなに身分違いでも(現代にはそもそもその発想自体がナンセンスだ)好きになっちゃえば人と人だ。
近世の浄瑠璃でもあるまいし、この世で結ばれないのを儚んでも美談でもなんでもない。

彼と彼女の関係は、僕と太子のそれより面倒くさい。
生まれた時からそうなんだから仕方がないだろうけど、主従である前段階のことをきっと忘れているから。

「新たな男の影に怯えるくらいなら、いい加減口説き落とせってことなのかもしれないよ?
 太子の頭の中なんかさーっぱりわからないけどさ。ていうか、わかったら何かが終わる気さえする」

「普通、付き合ってるのにそこまで言うか」

苦笑い気味の鬼男に、心なしか生気が戻る。太子だって、やっぱりコテンパンにやっつけたわけではなかったんだろう。

そろそろ、腹を決めたらどうかなと老婆心で付け加える。考えておくよ、と低い声が言う。

鬼男が本気で動いたら、あの女王様も太子ばっかりに構ってはいられないだろうな、なんて考える自分は少し性格が悪いかもしれない。
もっとも、僕だってちゃんとこの気のいい友達の幸せを祈ってるのには間違いないのだけど。

「ていうか脚フェチのくせにスパッツはかせたはないよね、チャンスを逃すからお前はいつまで経っても昇格できないんだよ?」

思いっきり叩いてきた手は一応いつも通りのもの。

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