中編

□遭難15
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砂が構成した景色は、美しく花が咲き誇り、白壁の街並みがある。

「ピトリスだよ」

とチビイカが言った。

今僕が見ることが出来るのは地居天である三十三天だけだけれども。
ここはそこよりもすっきりとしていて、歓楽街らしきものもない。

「後の名をサンヤミニーまたは夜摩天。
 当時の閻魔の性格がよく出てて、歓楽街がなくて代わりに官庁街が出来るんだ」

今だったらお菓子だらけのセーラーだらけに違いない。

「ほら、みっけ」

小さな手が僕を引っ張り、反対側の錫杖で前を示す。

地面に転がっている、眠っているようにも見えた。
ただし、全身ずぶ濡れじゃなかったなら、だ。

「大王!」

「あ、コラ、待って待てってば鬼っち」

脚にしがみついたチビをズルズル引き摺る羽目になる。
あんまりにも軽いから、あまり意味はない。

「痛い痛いってば、引きずらんといてっ」

「だったら、放しなさい」

「ダメ!
 ここは記憶なんだから意味ないの、おにたんこそ止まりなさいっ」

「でも!」

「体力は温存しなくちゃ」

お姫様を捕まえる為に、ねとチビは不謹慎にも笑った。
確かに、その通りなのだけども。

もぞりと彼が動く。
長い髪からポタポタと滴が落ちる。
全身どこもかしこも濡れ鼠だから、雨に降られたのではなく川か池にでも入ったのかもしれない。

彼はぼんやりとした表情で辺りを見回す。
黒い目は僕たちを素通りして遠くを見ていた。

「…死んだ、のか」

彼はぼそりと呟いた。
広大な野原にポツンと一人きりで、彼は長く溜息を吐く。
死んだのだから、もう人間じゃない。
けれど、その目は黒かったのだから神でもない。

彼は上を見上げて呟いた。

「こんなところにも空ってあるんだ」

笑っているようにも見える。
長い髪に隠れて見えなくなったが、滴は止めどなく流れる。

きっと、泣いているんだろう。

見たくなかった、大王だって見られたくなんかなかっただろう。
声も出さずに彼はボロボロ泣いていた。
安穏としたこの場に相応しくないくらいに無言で泣き続けた。
離別した妹を憐れんでか、
死んでしまった自分を思ってかはわからないけれど。

そこに、遠くから馬の嘶きのようなものが聞こえてきた。

「あー、鬼っちょ。
 気をつけて、目が痛くなるから」

「了解です」

みんな自分の両目を塞ぐと急いで下を向いた。
殺人的な光が目を焼く。
三回目ともなれば慣れっこにもなる。

地獄の業火より明るい。真昼の太陽。

「お前、毎度毎度父親の顔見て目覆うって失礼じゃないか?
 うわっ父さん傷ついた!明日は暴風雨だな」

「父さま…毎回言ってますが、眩しいんです」

学習しろ。
こっちだっていい加減、視力が落ちそうだ。

「ああ、悪い悪い。
 どうにもこのまたポンコツ、加減が難しくてかなわねえんだよ」

といっても、以前より随分マシだ。

「クソ、この調子だとまぁたトバァ君にガリガリやられちまうなー」

と全く関係ないことをブツブツ呟く父親は、彼に背を抜かれていた。

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