甘
□おままごと
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毎度毎度のことだけども思わず噴き出した。
「笑うな!」
「あーごめんごめん。
マッチョにエプロンという組み合わせはさ…ヤッパリないなー」
「お前が着ろって言ったんだろうが」
本人には悪いけども笑うしかない。
まさか、保育園の園長が兜とかつけるわけにはいかないだろうから、ひよこのエプロンなんだけども。
我ながらナイスセンス!少なくとも、変化のない生活の中ではなかなか面白い。
「で、用事は何なのかなえんちょ」
筋骨隆々のこの男は十八将の一人。
思いの外子供好きだということが発覚して以来園長先生になってもらったわけだ。
本人は押しつけられたんだと言いたげにしているけれども、それはキャラクターの問題。
要するに照れてるんだと周りも分かっているからつっこまないであげている。
まあ、人は見かけによらないしね。
「主殿が連れてきたあの子がな」
「鬼男君がどうかした?まさか、病気?」
「イジメにあってるらしい」
深刻そのものって顔をしている園長が冗談を言うわけもない。
五秒間、完全に意識が脱走した。
「止まれーっ!
いきなりキレんな馬鹿野郎!」
「だからって床に叩きつけないでよー、痛いじゃんか」
「失礼しました、だ主殿」
全然そのつもりはなさそうなところがオレの威厳の無さを如実に表しているけれども、めげるなオレ!デッカい手が埃をパンパン払ってくれたんだけども、正直痛い。
ふと見やると机においてあったグラスが粉々になっていた。
どうやらキレて吹っ飛ばしたらしい。
困った困った。もういい大人なのに、とんだ困ったちゃんだ。
「で、理由は?」
「髪と目の色」
「はあーくだらないね」
園長も努力してくれたんだろう。
何も保育園でのイジメがこれで初めてだなんてことはないだろう。
どんな場所にも歪んだヒエラルキーの意識は出来る。
だからこそ救済だとかそういうものも出来てしまうわけで、鬼であっても、人間とそう変わらない。
園長がわざわざオレのところにやって来るって事自体稀なのに、よっぽど酷いことになってるんだろう。
「主殿は子育て経験者だろ?
なんか案ねえか?」
「無茶言わないでよ。そんなに大人数育ててないよー」
どんだけお盛んだと思われてるの?
そりゃあ、えっちい話はわりと好きだけど、実際オレはそんなにスキモノじゃあないんだよね。なんか嫌だしさ。
「んーじゃあね、明日さ、視察に行くから。
他の職員には内緒ってことにしてくれる?」
「すまねえな」
園長は申し訳なさそうに頬を掻いた。
見た目の極道っぷりに反してなかなか真面目でいい人。
鬼っていう種族の特色?
「いいっていいって、君頑張ってるし」
「ありがとうございます、主殿」
頭をキッチリ下げて園長は姿を消した。
真面目だね。
「オレも真面目にやんないと視察行けないなあ、書類仕事」
面倒くさいのに書類仕事。一番嫌いだよ書類仕事、うわーん。
っというのはお空の彼方、…鬼男君か、あの赤ちゃんだった子もそろそろ七歳くらいの子になってるはずだ。
あの子とイジメ。
うーん、結びつかないなあ。
なんていうかこう、イメージじゃない。
マズいことになってなきゃいいんだけど。
*
鏡に映るのはいつもと同じ銀色の髪。
どうしてみんなと同じ黒じゃないんだろう。
肌が浅黒いのも、目が黄色っぽいのも、みんなと違う。
違うから、仲間じゃない。
仲間じゃないから、遊んでももらえないし、お前なんか将来えんまさまにお仕え出来ないとまで言われてしまう。
そんなことないって園長先生は言うけれど、えんまさまに直接きいた訳じゃないんだから、そんなのわかるもんか。
だからぼくはこっそり抜け出してここにいる。
集団生活が基本な保育園では一人になれるのはこのお手洗いだけだ。端っこだから大抵の子は来ない。
ところが、ドアが開いちゃった。
ぼくは急いで奥に隠れる。
入ってきたのは男の人。
園長先生みたいに背が高いけれども、横幅は半分位しかない。ひょろんとしてる。
「誰も、いないよね?」
独り言なんて、痛い大人だ。
その痛い大人はぼくらや先生たちとは違う格好をしている。
黒い上着に白っぽいズボン、ショートカットの女の子みたいな髪のさきっちょがぴょんと跳ねていて、広いおでこに髪が一房ちょろんとしてる。
真っ黒い髪と真っ白い肌。
あれで目の色が黒ければ完璧。
けれどもなんか変な感じだ。何かが足らない。
「角がない…!」
「誰かいるの?」
しまった、失敗した。びっくりして声が出ちゃった。
その人はぼくの隠れている個室にテクテク歩いてきて身を屈めた。
園児用のお手洗いは壁が低いから上から覗き込んでもいいのに、わざわざノックしてから、だ。
「内緒ね」
薄い唇に長い指を当てる。
「怪しいもんじゃあないんだけどさ、オレがここにいるってわかったら大騒ぎになっちゃうんだな、これが。
だからちょっとお静かに願えるかな」
「本当に怪しい人じゃないんですか?」
目の色がおやつのリンゴより赤い。
この人もいじめられっ子だったのかもしれない。
彼はぼくの思うことを知ってか知らないでかニコリと笑った。
「確かに人相いい方じゃないけどね、一応許可証はある」
チラッと見せてくれたのは、園長先生の判子入りの書類。なんだかわからないけども。
「じゃあお名前は?」
「名前はね、ヤマっていうんだ、一応」
「ヤマさん?」
「うん」
ヤマさんはやっぱりにっこりと笑った。
「そういうことだから鬼男君、これからやることはちょっとみんなには内緒にしてちょ」
大人のくせに、ガキくさい仕草をしたけども無視しとこう。
つっこんだらキリがないもん。
角がないって時点で怪しさ満点だから。
ヤマさんはごそごそと袂を漁り、ピンクの丸い物を取り出した。男のくせに、ピンク…変なの。
「結膜マヤコン結膜マヤコン、ちょっぴし若くな〜れ〜い」
「うわっ!」
ボンと煙が立ち上ってその中に立っていたのは、先生たちと同じくらいの年になったヤマさん。便利だ、あの丸いの。
角の付いたカチューシャをつけて髪をいじくったら鬼になった。ただ、目が赤いのがみんなと違う。
ぼくの視線に気付いたのか、ヤマさんは首を傾げた。
「もしかして、変?
雑種犬の尻尾とか生えてない?」
慌てお尻をさわさわするから笑ってしまった。
「目の色が」
「ああ、これ?
いいっしょこれは。
鬼男君だってビー玉みたいに綺麗だし、みんながみんな一緒だとつまんないからね」
けらけらとヤマさんは笑った。
変な人だ。
みんなは不気味とか、おかしいとか言うのに。
確かに、赤い目は不気味って言うよりも綺麗っていう方がしっくりくる。
じっと顔を見つめるぼくに彼はやっぱり笑った。
「ねえねえ、お教室まで案内してくれるかな?」
「…いいですよ」
差し出された手を取ってみるとびっくりするくらいに冷たかった。氷みたいに。
けれども、嫌な気はしない不思議。
なんだか、懐かしいくらいだ。
どこかで会ったのかな?
「こっちですよ」
「うん」
ところで、どうしてこの人は、ぼくの名前知ってるんだろう?
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