□血の池にて
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(四コマ後の妄想)


 もしも、もう一度、生まれ変わることが叶うなら。


【血の池にて】


 鉄臭ぇ更に最悪なことに生温い血をぶっかけたくらいで絶叫して泣いたのが地獄の王なんて誰が信じるかってんだ。
 ああも盛大に絶叫されるとこっちが驚くじゃねえか。

「おい、大丈夫かよ」

 声も出なくなったのか血まみれの手を凝視してフリーズしている。
 それを回収しながら、部下らしい若い奴が言った。

「大丈夫です。
 イカって回復力が早い生物なんだそうですが、ましてこれは変態大王イカですからほっといてもすぐ復活します」

 そう言ってガタガタ震えるアホの大王を背中に隠す。
 俺からその姿を見ることは出来なくなった。
 守ってやってるのかもしれねえ。
 そういやこいつ、あん時は一発殴ったら血吐いて倒れたが、その後元気に上司を串刺しにしてたんだから

「お前本当は結構強えンだろ?」

「想像に任せます」

 鬼は相変わらず下手に出るくせに毅然とした態度を崩しゃしなかった。

「また変態大王イカって言われた…」と小さく呟く声がしたが、そんなに傷つくなら女物の服なんか持ち歩くんじゃねえよ。

「あ、そうだ」

「ほら、もう復調しやがった」

 部下の背中から間抜け面が顔を出した。

「ゴメン。
 まだお母さん見つかってないんだ」

 申し訳ないというのを顔いっぱいに表現して、奴は肩を竦めた。

「靴舐めるんだろ?」

「ゲッ…覚えてたか、って君は血の池に靴履いて入ってたのかよ?!こンの非常識!」

「履いてねえよバーカ」

 素っ裸で歩いてやってもいいが、靴がねえとこの岩山は歩けねえだろう。
 それで困るかと言われればそんなに困ったりはしない。
 どうせ天国に行って母さんを探すなんてことは、不可能なのだから。

「なあ、俺の刑期ってどンくらいだ?」

「前科十犯ですから…。
 結構長いですよ」

 手元の薄っぺらなファイルを覗きながら鬼は言った。
 鬼のくせに、否、ここでこの池を監視したりする鬼たちは全員が全員、俺たち罪人って奴をそういう目で見る。呵責なんかしてるくせに、どこか憐れんでいるような。

「こちとら娑婆で臭ぇ飯食いなれてんだ、鬼がそんな顔すんな」

 冗談めかしたつもりが、上手く誤魔化すことは出来なかったらしい。
 娑婆の人間よか地獄の獄卒の方が人間らしいってのはちゃんちゃら可笑しな話だ。

「刑期の長さなんてのはね」

 部下の背中から出てきた奴は俺の横にしゃがみ込んだ。

「本当は君次第なんだよ、ゴメスさん。
 君が前科の分だけ償えばまた生まれ変わってやり直せる。
 そしたらお母さんにも会えるよ」

 脇でしゃがんだ奴は血の池の向こう側を見通すようにして言う。しゃがんだせいか殊更にちっこい。

「母さんのことはいいんだ、息子の俺がこんな風に地獄落ちしてンの知ったら母さんが悲しむだろうが」

 親孝行する前に死なれちまった挙げ句に、前科十犯で地獄落ちじゃあ、会わす顔なんかありゃしねえ。
 会わねえことがせめての親孝行だろう。

「母さんはもういいんだっての、辛気くせえ面してんじゃねえよ、イカ野郎」

「君までイカ野郎って言うなよ、傷つくじゃんか…」

 シュンとうなだれた上司を時間切れだ、と部下が急かした。
 急かすだけじゃなく持ち上げて、担ぎ上げる。
 細身とはいえ、野郎一人担ぎ上げるたぁ、鬼ってなぁ便利なもんだ。

「生まれ変わりには興味ねえよ」

「そうですか」

 上司を担いだままの鬼が振り返った。
 アホ面さらしてる方もマジマジと俺を見ている。

「なら、君は何に興味があるんだい?」

「教えねえよ、てめえらには」

 顔を見合わせた鬼と大王を俺は思いっきり笑ってやることにした。

 教えねえよ。
 今度は娑婆じゃなくって、あーんなちんちくりんで腑抜けた場所に生まれたいなんざ、狂気の沙汰って奴だろうよ。

 ただ、あんたら見てて飽きねえ。
 そんだけだ。

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