甘
□つばきのこと
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ゴタゴタと過剰装飾してあるのは、嫌いだ。
中身を隠して偽ったところで、なんにも変わらないと知っているから。
だから、創建当初はゴタゴタと装飾のあった審判の間、現執務室は、とんでもなく殺風景だ。と、よく天国のお偉方は嗤う。
どうでもいいじゃん、オレの勝手でしょうが。
機能美って最高。セーラー服最高。
受け取った月例会の通知である伝書鬼火を窓から放り投げて、ため息。
ここは下界よりも時間の進みが遅いのだけれど、人間は脆い。
一秒間で激しく変わる。況や一日をや、だ。会議中だからって死人が出ないわけではない。
そんなに時間かけて何がしたいんかねえ?
野郎共で、顔を合わせたって楽しかない。
冥界は天国ほどのんびりはしてない。
どちらが上とか、どちらが下とか、どうだっていいじゃない?
天国あってこその地獄。
地獄あってこその天国だろうが。
「鬼男くーん、まぁた会合やるんだってさあ」
振り返る。
やけに静かだと思っていたら、それもその筈。
優秀な秘書殿は筆音も立てられない状況だったのだ。
「コレって、オレのせいなのかなあ?」
毎晩のように、子守歌の代用として彼と夜を共にする。
負担は受け入れるオレの方が大きいのだけれど、こっちは適当に休んでいる。
生真面目な彼は、力の抜き方を知ってるのだろうか。
それを思うと、ちょっとにやけてしまう。
可愛い可愛い。この真面目っ子はどんなところでも真面目っ子。
太陽も月もないこの場所。
オレがいつも無意識のうちに使役している青い鬼火が代用品。
秘書殿の色素の薄い髪がキラキラと輝いている。
綺麗だ。ナイス、オレ。
赤い色も捨てがたいが、表面冷淡、中身熱血の彼にはお似合いだ。
「しゃあない、愛しの鬼男君の為に、オレ、ちょっと頑張るかあ」
うーんと大きく伸びをした。
*
目が覚めて、漸く眠っていたことに気付くなんて、愚の骨頂じゃないか。
気の重くなるような話だ。
この頃、どっかの色ボケに強請られっぱなしだったからか……否、誘いをうけたのは僕なのだけど。
頭の葛藤は、目の前の人物と連動している。
いつもそっぽを向いて、書類なんぞさっぱり見ない赤目は、忙しくいったりきたりで文字を追っているようだ。
その下には閻魔帳。
そして、冥界のその他諸々の雑務の書類。
つまるところ、仕事をしている大王というファンタスティックな幻想を見ているらしい。
夢か?
これは、都合のいい夢か?
ふと、いつもとの違いに気付く。
ノースリーブから覗く、ひょろりとした腕。貧弱な分、寒々しい。
上着はどこだ?
「あり?
鬼男君、起きちゃった?」
「…見りゃわかるだろうが、あんたは頭までイカか」
「辛辣ー」
ブーブーと唇を尖らせる。
止めろ、せっかくの仕事姿が台無しだ。
「大王、上着はどうしました?」
「ん?
オレってば、二の腕美人だからサービスしてんの」
「いえ、あまりの貧弱ぶりに憐憫を覚えますので、上着を着てください」
「この酷男!んー、つれない」
手強いねえと、上司は溜め息をついて手招きした。
途端、背中でふわっと何かが動く。
「なにしやがるっ」
「がふぅっ!」
ウナギの蒲焼きのごとく顔面を串刺し。
赤い血がこぼれるのはいつものこと。
「オレ、信用ないなあ」
大王が謝らないところが違う。
その手にいつの間にか上着が握られていた。もしや、さっきのは。
「それ、僕にかけてくれてたんですか?」
「うん」
簡潔な返事に爪を抜く。
「スイマセン」
「うわあっ、素直な秘書って怖っ!」
ぶるぶる震える様な素振りをして、上着を羽織る。
失礼なことこの上ない。
「人が謝ってるんだから素直に受けてください」
「受ける受ける、オレは受けだもん」
そっちじゃない。
もう一遍、刺してやろうか、このイカが。
「まあ、いいか」
「お疲れ、だね」
今日はもう上がりなよ、と真面目な顔で言われた。
珍しいこともあったものだ。
普段なら年甲斐もなく寂しいだのなんだのと騒ぐくせに。
「いいんですか?」
「うん、寂しくないよ。
これ、ちょっと鬼男君の匂いがする」
自分の上着を引っ張る。
「キモッ、この変態大王!」
「ひどっ、なんかそれ変態の最上位じゃん」
ぶーたれている上司を置き去りに、奥へ進む。
「鬼男君?」
そこは上司の私室だ。
「ちゃんと仕事終わったら、ご褒美あげますよ」
「……秘書のデレが発動した」
知るか、そんなの。
なんとなくだ、馬鹿。
言葉を飲み込んで室内へ。
「待ってて」
と声が追いかけてきた。
顔が熱い。
ああ、僕って、バカだ。
その扉の向こうで上司もにやけつつ、赤面しているのを秘書は知らない。
***
つばきのこと→椿事
珍しいという意。
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