□日常茶飯事
1ページ/1ページ


 そういえば、だ。
 はたと思いついて、僕は書類を捲る手を止めた。
 部屋のど真ん中にドンと置かれている机と椅子。
 あまり豪華な造りではないが、物はいいのだろう、何せ飛ぶ機能がついていたのだし。 加えてその丈夫さは実証済みである。これでもか、というほどに上司をグルグルのイカ巻きにしてやったからだ。

「鬼男く〜ん、オレ反省したから、お願い解いてけろ〜、仕事出来ないじゃん」

 ガタガタ暴れてはいるのだが、何せひょろい。
 ついでに言うなら爪も伸びないから縄も切れないのだ。更に言うなら、上司は書類仕事がてんで出来ない。
 本来は死者に判決を言い渡し、冥界を統率することが役目なのだから、事後処理である書類仕事の仕方は知らないのかもしれない。
 そう、このバカで変態でセーラー服オタクで、おまけにワガママな男は、八万の獄卒を率いる冥府の王なのだ、多分。

「大王、ちょっとお尋ねしてもいいですか?」
「なに?改まっちゃって。
 緊縛女王様プレイ?
 いやん、オレサディストごっこは無理かもよ」

 言うに事欠いて、このアホ大王は!
しかも、『かも』ってことはやる気はあるのか、変態め。

「誰がやるかっ!
 僕にそんな変態趣味はない」
「じゃあ攻められるわけ?
 いやあん、鬼男君ったら、仕事場で大胆」

 オレ、ピーンチと、全く緊張感なく騒いでいる。なんなんだ、これは。

「刺すぞ、こら」
「うわっ間髪入れずに、刺した!この鬼ぃー。
 プリーズ・ワンクッションーーぎゃああ、血!血!血だああっ!死んじゃうぅ」

 騒いでなきゃ、死ぬのかこれは。
 暫く暴れているのを放っておいてから、顔についた血を拭う。
 真っ白い顔についた赤は落とすのが勿体無くなるほど映えていた。
 拭いながら言う。

「命令すればいいんじゃないですか?」
「ん?ああ、『セーラー服着て』って?」

 どんな思考回路だよっ。
 またそれかっ三着のうちどれだ。
 僕の好みは三着めだ。ーーいやいや、そうじゃなくて。
 大体それは命令じゃない。お願いしてどうする。

「どこまでセーラー服野郎なんだッ、このド変態大王イカッ!
 そうじゃなくて、縄を解くように僕に命令したらどうだって言ったんだ、少しは大王らしいトコ見せて見やがれこのどアホッ」
「駄目」

 にべもなかった。
 縛られたままでするにはあまりにもシリアスな表情を浮かべられ、ドキリとする。
 たまにこうして地獄の底のように暗く冷えた目をする。縛られたままの状態では滑稽としかいえないのだけれど。

「だって、オレが命令したんじゃ意味ないもの」
「は?」
「命令すれば、鬼男君、従っちゃうもん」

 一応、オレは『閻魔大王』だしね。僕の知らない表情で、彼は嗤った。

「…仕事、してくれないと、僕も困りますしね」

 ぶちりと縄を切る。
 切れ長の赤い目が僕を見上げた。

「ちゃんと出来たら、『お願い』くらいきいてあげますよ」
「君は優しいね」

 へらっといつもの力の抜けた、間抜けの顔に戻る。
 そっちの方が、お似合いだ。

「セーラー服「黙れ、変態イカ。拒否権は行使するに決まってんだろうが」
「ううっ、この鬼秘書」
「まんまじゃねえか、この耄碌腰抜け」
「君、前にも増して口が悪くなるねえ。
  オレはナウなヤングだよ?」
「そう言いはじめてからがオヤジの証拠だ」

 ぎゃあぎゃあと執務室は騒がしい。
 これが彼らの日常茶飯事。

***

 実はこれが、日和初書きだったりします。
 微妙だ。



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ