□ないものねだり
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 さらさらとした色素の薄い美しい髪。
 健康的に満遍なく日焼けした小麦色の肌。
 意志の強そうな褐色の瞳。
 長い指が滑らかに動いて文字を綴る。
 長い脚をキチンと揃え、ピンと伸ばした背筋。

 その辛辣すぎる口さえ閉じていれば、彼は実直な好青年なのだ。否、青年と称すのは誤りか、彼もまた人ではない。
 素直な質の髪から覗く、某お菓子のような角が彼が人ではない証だ。
 鬼ーー又は獄卒。人、ならざるもの。
 鬼というのは醜いもの、という意味も含むらしい。
 化ければ美男美女。本性は怪物が定石。
 けれど、実際、こうして鑑賞しても飽きないほど綺麗な鬼もいる。
 鬼の証にちょっと触れてみる、固い感触と無機質な温度が指に伝わる。
 神経は通ってないが、鬱陶しいのだろう。素早く顔を上げて手ははねのけられた。

「なにしやがる、このセクハラ遊び人」
「もはや、オレ、大王でもないじゃん」

 まだ大王イカの方が幾分マシだ。
 最近、この秘書はオレに対する態度がツンツンすぎる。まるっきり手負いの獣みたい。
 デレ要素がカートンで欲しい。

「あんたが仕事を放棄するからでしょうが。
 しかも、人の仕事の妨害までしんじゃ、お荷物以外の何物でもないでしょう」
「うう〜」

 酷い。お荷物かよ。
 内心愚痴っても、意志の強そうな瞳が見上げてくるだけで。
 キュッと真一文字に結ばれた唇が男らしい。

「ただ、触りたかっただけなのにぃ」
「それがセクハラだっつってんだ!
 語尾を伸ばすな気色悪い」

 おー、怖。
 せっかく男前な顔してるのに、そんなにしかめっ面してると崩れてしまう。

「いいなあ、鬼男君は」
「なんですか唐突に」
「だってー、爪もシャキンって伸びるし、角もあるし、いかにもたこにも『鬼』って感じじゃん?」

 極々、軽い口調で言ったつもりだ。
 それなのに、今まで動いていた筆が止まる。まじまじと見上げられるとかなり気まずい。
 勘のいい彼は、オレの考えていることを当てるだろう。
 けれど、きっと言わないだろう。

 彼は、賢い。彼は、優しい。

「グダグダ言ってねーで座りやがれ駄々こね大王」

 こうやって、さっきの戯言も気にしてくれるから。
 滑るように近寄られ、至って軽い仕草で猫の仔よろしくいつもの席に運ばれた。
 上に伸びてしまい、はだけたオレの服を正しながら、有能な秘書は言う。

「ないものねだりしなくても、あんたが『閻魔大王』ですよ」

 ほら、やっぱり君は優しい。
けれどオレはお馬鹿さんだから、愚かにもないものねだり。
 ずっと傍にいて、君がオレの存在を教え続けてくれたらって思ってるんだ。



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