□ランチタイム
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「鬼男君」

 語尾に音符の付きそうな調子で上司は寄ってきた。ずいっと目の前に出されたのは小さい弁当用バスケット。
 なぜか、あの『ゴメス騒ぎ』の時もおにぎり持参であった。存外器用なのだ、この大王。

「食堂あるのにわざわざ手弁当って、無意味 じゃないですか?」
「えー、マメだとか健康的だって言ってほし いなあ。
 ほらほら、よく見てよ」

 口を尖らせて、上司はむくれた。
 よくよく見ると、彩りもきれいな弁当だ。
ポテトサラダと、卵や野菜のサンドイッチ。 それから、パセリとケチャップの添えられたそれ。こんがり黄金色のわっか。

「…イカリング?」
「共食いしようと思ってさあ」

 のん気に言って、持っていたフォークでひょいっと一つ持ち上げた。その先には、きちんとケチャップが掬い取られている。

「はい、アーン」
「……仕事中だろ、見てわかんねえのかよ、この万年脳天気イカが」
「いいじゃん、オレって少食なの。
 作りすぎちゃったから、手伝ってよう」

 ほれ、と突き出されるそれ。嬉々としてそれを差し出す上司。大して変わらない身長のクセに、何故か爪先立ちをする。
 これを拒否すると、午後一杯、ゴネて煩い上、仕事にもならない。

 「しかたねえか」
 「そうそう、妥協が大事ね」

 スッと寄ってきたそれを頬張る。
 サクリと香ばしいそれ、が、中身は海の味ではなく。

「オニオンリング…」
「うふふ。引っかかったー。やーいやーいバーカ!
 普通気付くでしょうが。バ〜カ〜」

 このガキ大王が。確かに旨いけど、くだらないイタズラだ。ケラケラ笑う上司。

「鬼男だけに、ですか?」
「うん、共食いー」
「オヤジギャグ野郎」
「ぎゃー、辛辣にシンプルな罵倒文句だあ」

 わたわたはしゃぐ上司。
 僕の机に未だにある弁当箱。
 どうやら、先程の一つ以外は全てイカリングらしい。というか、なんで気付かなかったんだ。明らかに色が違ぇ。バカ呼ばわりされても、仕方がない気がしないでもない。それでもコレとソレとは別問題だ。

「おい」
「ん?うぅっ」

 爪で突き刺したそれを、上司の口に放り込む。もがもがと暴れる上司。
 その襟首を引き寄せる。細い体はすっぽりと腕に収まった。

「イカリングより、こっちのイカにします」
「うん?美味しいよ」

 交わした接吻はケチャップの味。



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