Chase the chance

□Practice kiss
1ページ/5ページ

――きっかけは。


「シロップ!キスシーンの練習を手伝ってくれませんか!?」

「はぁ!?」



――うららのこの一言から始まる。











日が落ち始め、辺りは暗くなりつつある時間帯。

今。ナッツハウスには変わった空気が漂っていた。


うららが仕事の都合でナッツハウスを訪れたのは、ほんのついさっき。


何故かナッツハウスには既に、のぞみ達はおらず、何故かココもナッツもくるみも不在で、いたのはシロップ1人であった。



しかし。
ようやくナッツハウスにやって来たうららがシロップに言った台詞は余りにも衝撃的な訳で―――


「なっ………ななななななななっ……何で俺が」


彼は当然のごとく、動揺している。


一方。うららはシロップの言葉の本来の意味が解っているのかいないのか、とりあえず事情を説明するのが先決と考えた。




――うららの説明によると。


うららはオムニバス形式のドラマの主人公役に見事抜擢された。

嬉しい気持ちもつかの間。
解決しなければならない問題が1つあった。

それは今までうららがやった事がなかった、キスシーンである。

キスとは言っても実際は“ふり"。
カメラの角度でキスしているように見せる演出なのだということだ。


けれどいくら“ふり"とはいえ、うららは今までキスシーンを演じた事がない。

流石にぶつけ本番と言うわけにはいかない為、いい(ふりの)練習相手はいないか考えていたら、相手役の年齢を考えるとシロップが適任だった。


――とは言っても早々納得するシロップではない。

「ダメだ!!大体、俺じゃ役者不足にも程がある!」
「え〜……そうかな…」
「つか練習なんだからのぞみ達に手伝ってもらえばいい話だろ?」
「それは無理だよ……
いくら練習って言ったって…のぞみさん達に男の人演じてなんて言えないし……」
(……こまちやくるみだったら別に嫌とは言わなそうだけどな……)

あえてうららの言葉にシロップは突っ込もうとはせず、思った事は心の中にしまいこんだ。


次のうららの言葉を聞くまでは。

「うーん…シロップが駄目じゃあ…ココかナッツに頼んでみようかな」
「…………ちょっと待った!!!」
「シロップ?」

うららの衝撃的一言にシロップは思わず大声で静止の言葉を吐き出す。
うららはきょとんとした顔でシロップを見つめていた。

うららは自分が言った言葉の意味を解っていない。

――“そういった事"に関してはどこまでも天然な少女なのだろう――とシロップはつくづく思う。

ココかナッツにこの事を頼んだりしたら、のぞみやこまちはともかく、自分はくるみからとんでもない嫌味を言われる事態は目に見えている。


――ここで、“やめとけ"……と言っても理由を返されるだけで、結局は何も変わらない。


――もはやこの事態を変える方法は1つしか残されていなかった。


「貸せよ」
「え?」
「………台本だよ台本!
…………練習。手伝ってやるって言ってんだよ」
「え……本当ですか!?」

うららのきょとんとした顔つきは一気に喜びのものへと変わる。


何度もシロップにお礼を言いながら、うららは、既に自分は台詞を覚え終えたドラマの台本をシロップに渡す。

「練習に手伝ってほしいのはこの……シーン54の所。
……えっと……大丈夫?」
「……ま。台本見ながらになっちまうが、それくらい勘弁しろよな」
「はい。むしろ練習を手伝わせてる身ですから、それくらいは当然ですよ」
「………で。54からだっけ?」
「…あ!そうですね。私ちょっと台詞思い出しますから……」

そう言うとうららは目を閉じて、大量にある台詞の記憶からそのシーンだけの台詞を選び出す。
その姿はもはや立派な役者であるとシロップは感じた。

一方シロップはうららから受け取った台本をパラパラと捲り、そのシーンをザッと読んでみる。





そのシーンの内容は――
「…………………」


余りにも“そちらの面"に関して疎いシロップには衝撃が強すぎたらしい。

彼は目を点にしてしばらくその場に固まっていた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ