◆gift◆

□婚前儀礼狂騒曲
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常日頃僕の事をベタだとか捻りがないとか評してくれる彼も、実は大概ベタなんじゃないのかと思わずにいられない。

「や、でもこれはお前、ハズしようがねぇだろ」
「男同士で定番に倣う必要がどこにあるんだ」
「‥‥実も蓋もねぇ事言うな。受け取ってくんねーの?」

そう言って黒崎が僕に手渡した箱の中身は、華奢過ぎず武骨でもない、スタイリッシュなデザインの、指輪。意味合い的には、エンゲージリングと呼ばれる代物だ。

社会人一年目の安月給のくせに。格好つけて。

そう憎まれ口を叩きながらも、仏頂面を赤らめた黒崎からそれを受け取った僕の口許は穏やかに緩んでいた。
喧喧囂囂の紆余曲折を経て黒崎のプロポーズを受け入れた今、こんなやり取りがくすぐったくも幸せだと、素直に思える。
そう思えるように僕を変えたのは、黒崎だ。

‥‥だから、今更、異を唱える気はないけれど。

「よし。んじゃ今度の週末、わかってんな」
「‥‥やっぱり、本気、なんだな?」
「当たり前だろ。一生の事だしな、けじめはつけねぇとさ」
「‥‥‥そうだね‥‥」

確かに避けては通れない事なのかもしれない。
そう頭ではわかっていても、やっぱり僕は憂鬱だった。

「やっぱ“息子さんを僕に下さい”とか言っとくか、ベタに」
「‥‥僕は言わないが、君は滅却されたいなら言えば?」
「‥‥‥‥‥」

結婚するんだから一度はお互いの親に言っとかないとな、と告げた黒崎の弁は正論だ。
わかってる。確かにそうだ。だけど。でも。

「――本当に‥‥?」
「オメーもいい加減往生際悪ィな‥‥」


ある意味生涯最大の決戦は、容赦なく五日後にやってきた。



******



高校時代からすでに何度か訪れていた黒崎家に足を運ぶのも、最近では随分久し振りになる。
いつも賑やかながら温く、黒崎の友人としての僕を迎えてくれたあのご家族の顔を思い浮かべて、その玄関を前に再び溜息を吐いた。

「おい‥‥。いつまでもンな暗い顔してんなよ」
「‥‥わかってるよ」

そうは言っても、足が竦む。
情けないとは思うけど、どうしても怖いんだ。
‥‥あの優しい人達を、がっかりさせるかもしれないのが。
その不安を承知している黒崎は、大きな手を俯く僕の頭に乗せて、顔を覗き込みながら笑った。
 
「うちの連中がお前の事好きなの知ってんだろ。大丈夫だって」

僕を安心させるための、笑顔。だけどそれは普段よりも少し固い笑みだ。

本当は君だって緊張してるくせに、と思う。
いくら鷹揚な家族といっても、一人息子が男の恋人を作っていてあまつさえ結婚したいだなんて言い出したらさすがに引かれるかも、くらいの危惧はして当然だ。

‥‥そう。不安なのは、黒崎も同じなんだ。

「――ごめん。大丈夫だから。行こう」

顔を上げて真っ直ぐに見つめ返すと、黒崎はホッとしたように笑って頷いた。
そして彼が目の前のドアに手をかけ、すっと息を吸い込んで「ただいま」と言いながら扉を開いたと同時に――


パァンッ!!! という複数の破裂音と共に、意表をつく歓声が僕達を出迎えた。

「いっちごーっ!!! よくぞ帰ったてめーこの幸せモンめッ!」
「おめでとうお兄ちゃん石田さん!!」
「やったね一兄っ!おめでと!」
「本当におめでたいですわ、黒崎君、石田君っ」
「‥‥‥‥‥は?」

――‥‥目の前の状況を把握するのに、5秒程かかった。
 
ドアを開けたと同時に浴びせられた破裂音がクラッカーが鳴らされた物だと気付くのと、満面の笑みで玄関に集まった黒崎家の三人と何故か居るプラス一名の頭上に掲げられているお手製らしい横断幕の大きな文字が“一護&雨竜君結婚おめでとう!!”――と書かれているのを脳が理解するのには、更に10秒を要して。

‥‥漸く硬直が解けた僕は、隣で未だ固まり続ける黒崎の後ろ襟を引っ掴んで入ったばかりの玄関から表へと逆戻りした。

「――今のはどういう事だ黒崎‥‥?」

閉めたドアを背に呆然とした顔で立つ黒崎の襟首を掴み上げる。
そのマヌケ面がより一層ムカついた。

「訊いてるんだよ。どういう事だ」
「い、いや、俺にも、よく‥‥」
「君、何て言ってあったんだよ」
「大事な話あっから皆で家いてくれって‥‥。石田も連れてくとは言ったけど、そんだけだって、マジで!」
「じゃあ何で言う前にバレてるんだよ!!? 挨拶も何も無いじゃないか、あれもうすでに祝賀会だぞノリが!!」
「知らねぇよ俺だって!」
「しかも今なんか居ただろう、この場に居合わせるべきじゃない人が!何でだ!?何で彼女がこの家にさも当然みたいに居るんだよ!!?」
「だから知らねーって!キレんな!!」
 
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