book

□ショート・ショート・ショート
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※二人は空座総合病院の同僚の設定でご理解ください


due to strawberry




「よっし、終わり、と」
午前の外来診療を最後の一人まで診終えて、一護は大きく伸びをする。
多少ずれ込んだが、辛うじて昼食は取れそうな時間はある。
机の上を適当に片付けて立ち上がった時、カーテン越しの廊下から聞き慣れた声に名を呼ばれた気がして一護は手を止めた。
「黒崎、いるか?」
「石田か?」
気のせいじゃなかった。
現れた雨竜は、グリーンの手術着の上に白衣を羽織った姿で診察室に顔を覗かせる。
「どしたよ、珍しいな」
同じ職場に勤めてはいても、小児外来の一護と外科の雨竜が仕事中に顔を合わせる事は滅多に無い。お互い忙しいのだ。
ちょっとね、と言って一護しか居ない診察室に入ってきた雨竜の右手に酷く場違いなシロモノが乗せられているのを目に留めて、一護は顔をしかめた。
「‥‥なんだよそれ?」
「これが何だか見てわからないのか君は」
馬鹿にした口調で返されて、ますます眉間の皺を深くする。
その、透明のパックに形良く並べられた赤色の果実は。
「‥‥苺だな」
「いちごだよ」
一護の台詞を繰り返した雨竜のイントネーションが微妙に違うのはワザとだ。
「何でそんなモン持ってきてんだ?」
「患者さんに戴いたんだよ」
君にもお裾分けと思ってね、と続けて患者用の丸椅子に腰掛けた雨竜は、不機嫌そのものな顔をした一護の鼻先に苺パックを突き出した。
「ビタミン摂取はした方が良いよ」
「いらねぇよ!」
どういう嫌がらせだ、と鼻白む一護を一瞥して、雨竜は熟れた果実をひとつ摘む。
「実はこの間から、やたらと患者さんが差し入れてくれるんだ、――苺を」
「そうかよ良かったなビタミン摂取できて」
「外科の医局に差し入れなんて、あまり無いんだけど。しかも苺ばっかり、僕宛てに」
「時期だからじゃねーのか?」
ただでさえ短い昼休憩に訪ねてきて何が言いたいのかと、苛立たしく聴診器を弄びながら一護が睨み付けると、明後日の方を見ながら苺を口にしていた雨竜がちらりと視線を寄越してきた。
「――僕が苺好きだって情報が流れてるらしくてね」
ぴたりと、一護の手が止まる。
「小児病棟が噂の発生源らしいんだが。さっき顔を出したら、“石田先生はいちごが好きなんだって黒崎先生が言ってた”って子供達が教えてくれた」
「‥‥‥あー‥‥」
「どういう事かな、黒崎先生」
最早雨竜の眼差しは冷ややかに一護を射止めている。視線を明後日の方へ逃がすのは一護の番だった。


確かに、言った。
何週間前だったか、石田雨竜の手による緊急オペで一命を取り留めた幼い少女が、彼のファンになったと言って、回診にやってきた一護を質問責めにしたのだ。
石田先生にお礼がしたいの、先生何が好きかなぁと無邪気に問うてくる少女は可愛らしく微笑ましかった。
何が好きか、と問われて、一護は思わず、確かに、言った。
「一護が好き、かな」
「苺かぁ!ありがと黒崎せんせい!」
‥‥万が一にも嫉妬なんかでは、ない。絶対に。‥‥ただほんの、悪戯心だったのだが。


「女の子ってお喋りだよなぁ‥‥」
「だから何の話だよ。僕は苺が好きだと言った覚えはないんだが」
「お前イントネーション違う」
「‥‥はぁ?」
「いちご、嫌いか?」
「‥‥‥‥‥‥君、は、―――馬鹿か!!! 何を子供に吹き込んでるんだよ信じられない!」
猛然と怒鳴りつけ苺パックを机の上に叩き付ける勢いで置いた雨竜の顔はなにやら赤い。墓穴を掘っている自覚はないのだろうか。
「怒鳴るなよ、廊下に丸聞こえだぞ石田先生」
「ッ‥‥!!」
「いいじゃねえかイチゴ好きって事にしとけば。ビタミン取れて良いんだろ?」
雨竜は目許を赤くして力一杯に一護を睨み付ける。最大限の怒気を表したつもりだったが、一護にはむしろ逆効果だった。
真っ赤になっちゃって可愛いな、などと、相手に知れたら殺されかねない事を悠長に考えていると、
「‥‥きらいだ」
「――は?」
「嫌いだよ苺なんか!」
言い捨てて、雨竜は診察室を出て行ってしまった。
一護はその背をぽかんとして見送る。

「‥‥‥やべ、昼メシ食ってる時間無ぇ」
まあ良いか、と呟いて、置き去りにされた苺をひとつ、口に放り込む。雨竜の顔を見れただけで、昼食分は元を取れた。
二人の休みは三日後だ。それまでに、損ねた機嫌をどう取るか考えよう。

緩んだ口の中を満たした赤い果汁は、甘く一護を満足させた。




***********

二人が医者になったら、一護は小児科で石田は外科だといい。
休みのシフトがやたらと被る黒崎先生と石田先生の関係は、とっくにナース達の噂になってるんですよ
 
 

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