ヒカルの碁
□〜髪結〜
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〜髪結〜
それはとある店を通り過ぎようとしたヒカルの視界で、きらりと光った。
「そこで森下先生がさ、……おい、聞いてるか進藤?」
「…えっ!?あ、ごめん。何の話だっけ?」
いきなり立ち止まったヒカルに、和谷はきゅっと眉を釣り上げた。
「お前なぁ!人の話ちゃんと聞けよ!ほんと、昔っから時々こっちの話聞こえなくなるよな、進藤は」
「そ、そうかな…」
最近はともかく、中二の春までならその自覚はあるヒカルは、苦笑い。
けれど、視線だけはどうしてもアレから外れない。
ピタリと標準の合わさった視線に気付いたのか、和谷がヒカルの目の先を辿る。
と、いきなりすっとんきょうな声を張り上げた。
「進藤、おまっ!?和服になんか興味あったのか!」
絶対似合わなねぇ!!と失礼なことを言われるが、実際ヒカルには和服は敷居が高過ぎるので何も言えない。
そう、ヒカルの目の先にあったのは由緒正しい格式ありげの看板を置いた和服店。
看板は右から左に読むもので、達筆な文字で『雲母屋緑風』と書かれてある。
普段のヒカルなら、絶対店先で立ち止まったりはしないだろう。
けれど、その店は夏の真っ最中、当然のように浴衣セールをやっていたのである。
店先にずらりと並んだ色とりどりの浴衣は、若い男女向きのもので派手派手しい。
ヒカルの視線はその浴衣群ではなく、端っこに取って付けられたようなスペースで売られている髪飾りにあった。
それは今どきの若い女性がつけるには少々上品すぎる、真っ赤な絹地に金の蝶を刺繍した大きなリボンを付けた髪留め。
微かな風にもふわふわと揺れる薄い紗が赤い色を引き立てる。
茶色や金髪、痛んだ髪の毛では見劣りがしてしまう、それほど高貴な色合いを持つ髪飾り。
ヒカルはこれを見た瞬間、これ以上ないほど絶対に似合うと確信を持ってしまったのだ。
病院で今日もヒカルを待っていてくれているだろう、艶やかな美しい黒髪の女性に―――。
「お前、彼女なんていたか?」
ふいに聞こえた和谷の声に、はっと我に返る。
気付けば、ヒカルはその髪飾りを手にとって食い入るように見つめていたのだ。
これでは、彼女がいると思われても仕方がない。
「いや、違くて!これは……」(彩は彼女じゃねぇけど……お世話になってるわけだし!別に変じゃない、よな・・・?)
何故か和谷のみでなく、自分自身にまで言い訳を取り繕う。
むしろ内心の方が必死だった。