ヒカルの碁
□〜日常〜
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「……ありません…」
「ありがとうございました」
今日も白星。
そして今日もまた検討はほっぽり出して、部屋を飛び出す。
エレベーターの前は人が大勢いたので諦めて、ダッダッと階段を駆け降りる。
それだけで息が上がるなんてオレも年だなぁ、なんて冗談めかしく思う。
一階まで下りると、出口まで一直線!っと、そう上手くはいかないのが人生だ。
「進藤!!!」
棋院のロビーで、急ぐ彼を止めたのは黒髪おかっぱ頭の青年。
塔矢アキラ。若手棋士の双角を担う有望な碁打ちだ。
そして呼び止められたのが、双角のもう一人。
進藤ヒカルである。
「んだよ塔矢!オレ急いでるんだけど」
「……進藤、君って奴は……昨日約束をすっぽかしたことも謝れないのか!?」
「あっ!!」
昨日、二人はちょうど休日が重なり、いつもの碁会所で打ち合いをする約束をしていたのだ。
それなのにヒカルは一向に姿を見せず、家に電話を掛けてももう出掛けたと言われるし、携帯に掛けても繋がらない。
何か事故にでも巻き込まれたのでは…と塔矢は一応心配していたのだ。
もっとも約束をドタキャンされたり、忘れられたりすることは既に慣れてしまっていたが。
「わ、悪かった!つい忘れて…」
「ハァ…携帯が繋がらないなんて滅多にないことだったから、さすがに心配したんだぞ…」
「だって病院では携帯の電源切るのがマナーだろ…」
力なく反論したヒカルはそれで自分が急いでいた理由を思い出す。
ああ!と声を上げると、まだ説教したりなさそうな塔矢を置いて脱兎のごとく走り出す。
「!?進藤、待て!」
「ごめんっ塔矢!また今度埋め合わせするから!」
一度も果たされたことない埋め合わせの約束を塔矢に投げて、ヒカルの姿はあっという間に見えなくなる。
体育会系ではない塔矢は追いかけることを諦めて、深い溜息を吐くにとどめる。
「……そう言えば病院って、あいつどこか悪いのか?」
元気良く走り去るヒカルに、それはないなと確信を抱きつつ、塔矢は首を傾げるのであった。