ヒカルの碁

□〜再会〜 
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ヒカルが目を開けた。
時間にして僅か数秒、目を閉じていた。
その数秒の間に、何を考えたのだろうか?

夏子には分からない。
けれど、その開いた瞳は逸らされることなく夏子を見据えた。

夏子には、それだけで十分な答えだった。



「佐為が男でも女でも、佐為は佐為だ!
オレは…あいつに会いたい!!」



その揺るぎない眼差しに、夏子は初めて目元を和ませた。


「あなたがそんな人で良かった。…よし!あの子に会わせてあげるわ。
部屋に案内するけど、あの子自身の考えや思いなんかは自分で聞いてよ?
それから、普通は面会謝絶もいいとこなんだけど特別に許してあげるから、いつでも来てね。
何年も眠ってたもんだから、知り合いなんていないに等しいのよ!」

先程までの深刻さはどこへやら、にっこり笑いかけられる。
ヒカルはかなり困惑したものの、佐為に会えるという事で全部吹き飛んだ。


そうして二人は、周りの患者たちから不思議に思われるくらいのハイテンションで話しながら歩いて行った。
もちろん、話の内容は“サイ”についてであった。









「ふじわら・・・あや?」

ヒカルは目の前の305号室のネームプレートを声に出して読んでみた。


病院棟の中は、ヒカルが想像していた以上に活気があった。
今もどこからか笑い声が響いてくる。
けれど、廊下や壁の病的なまでの白さや独特の消毒の臭いは疑いようもなく、ここが病院であることを告げてくる。

何年も眠り続けていた人間の病室は大部屋ではなく、棟の端に位置する個人部屋だった。
これからする、幽霊にとり憑かれて云々という話を気兼ねしないで話せる絶好の場所だ。


ここまで案内してくれた夏子はヒカルの隣に立ち、クスクスと笑った。

「あなたが一番知っている名前そのままよ」
「ってことは藤原――さい…彩、かぁ」

噛みしめるように、大事なその名を声に乗せる。
“佐為”より難しい字じゃないな、と呑気に思いながらも、その実心臓は隣の夏子に聞かれるんじゃないかというくらいドキドキしている。
今更、夢じゃないのかなんて不安になってくる。

ヒカルはそっとポケットに手を入れ、忍ばせていたあの手紙を撫でた。
既に何十回も読み返し、手に馴染むほどにまでなった紙の感触が伝わり、ほっと心の中で安堵した。


もちろん人生経験の長さが違う夏子は、その心の動きを正確に読んでいた。
しかし、それゆえに何も言わなかった。
代わりに、夏子はヒカルに目配せをしてドアノブに手をかける。


「彩、私よ。入るわね!」

夏子は中の返事も待たずに、ドアを押し開けた。

   
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