洋館シリーズ

□洋館へ行こう!2
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若草の緑が生き生きとしはじめた5月10日。春の名残が見受けられる今日この頃。
都内中心部から僅かばかり離れた、マンションばかりが建て並ぶ住宅街。
朝日が昇り、マンションの白い壁に反射して更に明るく感じられる何の変哲もない平和な光景。

しかし、その平和を打ち砕くものがドデンと唐突に建っている。
ツタによって縦横無尽に覆い尽くされた、高く長い塀に囲まれるその場所だけが異様だった。
一瞬、異世界に紛れ込んだと錯覚させられるそれは、この東京周辺の風景と完璧なまでに合っていなかった。
不協和音もここまでくると、見事としか言いようが無い。

その元凶こそ、この中世ヨーロッパを思わせる厳めしい古びた馬鹿馬鹿しいほどデカイ洋館である。


その無数にある洋館の部屋の、東に位置する一つでは―――









―――PiPiPiPi…カチッ―――

オレが目覚まし時計を止めたまま、もう一度布団に潜り込もうとすると、ぺシッと頭を叩かれた。
こんな朝っぱらからオレの部屋にいて、二度寝しようとするオレの頭を叩くような奴を、オレは一人しか知らない。


『早く起きなさい、ヒカル!』
「う〜ん…分かったってば、佐為」


ふぁあと大あくびをしながら、寝ぼけ眼で服を着替える。
鈍い動きのオレに苛立ったのか、あ〜もう!と文句を言いながら、着替えを手伝ってくれる佐為。
この、どっかの母親みたいな佐為は烏帽子に白い狩衣、腰より長い髪から分かる通り、まともな現代人ではない。

かといって、まともではない“現代人”でもない。



彼(そう、こんなキレイな顔して男だ)は、平安時代から生きている(?)年季の入った幽霊というヤツだ。





あ、オレは進藤ヒカル。中学二年の14歳。
小6の冬、じっちゃんのお蔵の古びた碁盤を見つけたオレは、その時にこの佐為にとり憑かれた。

それからは一心同体のオレ達…って言いたいとこだけど、佐為が消えてしまいそうになったのはつい先日のこと。
今は何をしたのか知らないけど、この洋館の主のおかげで、無事なんとかこの世に留まっている。
でもまだ不安定らしく、佐為は無駄に広いこの洋館から外に出れない。

そこでオレも一緒に、ここに居候させてもらってる。


母さん達には囲碁に集中したいから、親切な人に下宿させてもらってると話してある。
ただ、あの金髪碧眼の主が親切かっていうのは怪しいところだ。
悪い奴ではないんだけど、なにせむっちゃ口が悪い。

まぁ、それ以外おおむね間違ってはいない筈…だ。




そんな事を考えながらごそごそと着替えると、もう一度大きいあくびをしながら、部屋を出る。
その際、寝ぼけてドアにぶつかりそうになったオレを、さっとドアを開けて助けてくれたのは、佐為だ。


―――オレは今だにコレに慣れない。
コレ…佐為に触れるという事実に。

と言うか、この洋館自体に慣れるのに、まだまだ時間が掛かりそうだ。



館の主に一度聞いただけだけど、この洋館は扉や窓、庭の木々の配置一つとっても、じっ…じゅじっ……そう、呪術的に完璧な土地らしい。
確か「京都の四神相応の地を凝縮して、なおかつ強化させた版の土地」って言ってたっけ。
この館に強力な結界が張れるのも、それのおかげ。

『場』のエネルギーが―――…高密度?になって……


…とにかく!お化けや幽霊が実体を持てるようになるってコト!
すごいだろ?オレはよく分かんねぇけど。



洋館の中にいる間限定だけど、佐為が自分で念願の碁が打てるし、服だって着替えられるし、食事だってできる。(でもトイレには行かないでいいみたいで、どうなってんだか)
それにあの長いキレイな髪も触れるし、真っ白な肌にも…って、ととと、とにかく!!!



なんか色々スゴイんだってコト。
まぁ、結界の中限定だけどね。


でも普通の幽霊は、洋館の外側の結界で跳ね返されておしまいらしい。
それなのに、どうして佐為がここにいるかってコトになるんだけど、勿論結界張ってる本人に了承があるし、あともう一つ…。






『ヒカル、新しい学校ってどんな所なんでしょうね?』
「え?ああ、確か皇舞(おうぶ)学園だっけ。私立だから葉瀬中よりはデカイし、キレイだと思うけど」


オレは今まで葉瀬中に通ってたんだけど、この家からは遠いんで転校することになった。
今日は日曜で明日からなんだが、とにかく広い学校だってコトで今日は学校案内してくれるらしい。
私立のマンモス校で、学費も高い…んだが、この洋館の主が理事長と知り合いらしく学費免除!

ただし、皇舞の囲碁クラブの指導が条件。
プロ棋士がそんなこと…と思わないでもないけど、指導料はちゃんと払うし、棋院には話を通してくれたらしい。
棋院がよく許したなぁと思っていたら、洋館の主が棋院の偉いさん方と知り合いだったんだって。
どうやって知り合って、どうやって許可をもらったのか、怖いからあんまり聞かないようにしてるけど。


まぁそこの囲碁クラブは結構レベルも高いようで、楽しみだ。



  
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