ヒカルの碁

□  月夜の裏路地
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落ち着いたヒカルはペットボトルが差し出された方へ顔を向けた。
ヒカル以外誰もいなかったはずのそこには、しかし、烏帽子に白い狩衣の時代錯誤な麗人が憮然とした表情で座っていた。



長く美しい黒髪は腰の辺りで軽く結ばれ、廃屋のそこかしこに空いている隙間から差し込む月光によって煌いている。
切れ長の涼しげな瞳、熟した果実を思わせる形の良い唇、透けるような白い肌。
女性なら誉れとなるその容姿は、憮然としていても何ら損なう事は無い。

しかし、誉れとなるのは女性の場合であり、その人物は残念なことに正真正銘の男性であった。




「サンキュ、佐為」

ヒカルに佐為と呼ばれた麗人は憮然とした表情を渋々、呆れと諦めの入った表情に変え、深い溜め息をついた。

「ヒカル、食べ物はしっかり噛んで!食事で窒息死する大魔女の後継なんて見たくありません!!」
「大丈夫だよ、もう後継者じゃないんだし」

軽い口調でヒカルがそう言うと、ぎっと睨みつけられる。


「それでも、あなたは大魔女の後継です!誰が認めなくても私が認めます!!
ですからそんな事言わないで下さい!」
「……ワリィ。もう言わない」


なまじ物凄い美人のため、怒ると迫力は何倍にもなるため、ヒカルは早々に謝った。
なのに、あなたという人は…とブツブツ文句が増えそうな勢いの佐為にヒカルは慌てる。
佐為の説教は長いうえに的を射ており、これまたヒカルは頭が上がらないのだ。

何とかして話を変えようと、話題を探す。



「えっと、あのさ、さっきの術者オレと同じくらいの歳だったよな!どのくらいの力を持ってんだろ?」

話題のすり替えは成功したようで、佐為はすぐ乗ってきた。

「魔を一人で退治するには、それなりの力が認められていないとダメだと噂で聞きましたけど・・・」
「そうだったっけ?でも符を潰すのは簡単だったけど?」
「あの妖獣に用いられた物ですよ?そんなに力を込めませんよ」
「そっかぁ」
「略字呪文は唱えられるようでしたし・・・」


どうなんでしょう?と首を傾げる姿はやっぱり男性には見えない。
ヒカルは常々そう思っているのだが、口に出したことは無い。

本気で怒った佐為は、普段の優しい笑みからは想像できない位に怖いのである。
ギャーギャーと言い争うのは、そんなに本気ではない。
とは言え、怒る相手はほとんど決まっている。



ヒカルを傷付けた相手とバカで無鉄砲なことをしたヒカルだ。



自分のことを大切に想ってくれている佐為。
そんな彼もまた、ヒカルの大切なヒトだった。



自分の存在を、過去を、証明してくれる唯一の存在というだけでなく、

死ぬまで傍にいてくれる、信じてくれるという都合の良い存在というのではなく―――




ヒカルのそんな想いに気付いたのか、佐為は首を傾げるのを止めて、ヒカルの瞳を見つめ、安心させるかのように柔らかな笑みを浮かべた。

ほとんどの女性が裸足で逃げ出す程の笑みに、ヒカルは自分の顔が赤くなるのを自覚する。
慌てて体ごと正反対の方向を向いたヒカルに佐為はクスクスと可笑しそうに笑う。


「〜〜〜笑うなーー!!」


それでも笑い声が止む様子はない。
ヒカルはむくれて、残っていた弁当をガツガツとヤケクソ気味に食べ始めた。





序章『月夜の裏路地』完

  
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