ヒカルの碁

□  月夜の裏路地
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パン!!




掌を打ち合わせる、いわゆる拍手(カシワデ)の音が辺りに響いた。
塔矢がハッとすると同時に、今にも妖獣に当たる筈だった符が空中でボッと燃え出した。
符に込められた塔矢の力が、外からの“何かの力”に負けたのである。


符に込められた力を外側から押し潰すなど、並大抵の力では不可能である。

まして、呪文詠唱や不可視の壁を作った時のような略字詠唱も聞こえてこなかった。
ただ拍手一つでそれを成し遂げたのだ。
恐ろしい力である。



塔矢も見習い程度の者が作った符なら、同じ事が出来るが、それとこれとは訳が違う。
今は燃え尽き灰になった符は見習いが作ったものではない。
若手術者のトップ・塔矢アキラが作ったものなのである。

瞬時に顔を強張らせた塔矢は音のした方へ、身体ごと向いた。
その足元を、先程まで怯えていた妖獣が素早くすり抜ける。

向かう先は拍手を鳴らした者だった。







塔矢と同い年か年下に見える少年だった。

気配は上手く消され、濃い闇から生じたかのよう。

塔矢の符に込められた力を掻き消したのは、紛れも無く彼である。


前髪だけがこの闇に似つかわしくない金の色をしていた。




彼は塔矢に目を向ける事無く、足下に縋り付いてきた小さな妖獣を抱き上げ、落ち着かせる様に優しい笑みを浮かべた。
周りの闇を吹き払うかのような太陽の光を連想する笑顔だった。
その笑顔に一瞬緊張が緩むが、すぐさま塔矢は突然現われた正体不明の少年に鋭い声をかけた。

「君は何者だ!!」


少年は地面に妖獣をゆっくり降ろすと、甘える声を出す妖獣に、行けと塔矢の反対方向を示す。
小さな妖獣はしばし逡巡した後、少年と塔矢を交互に見やり、彼の示した方向へ駆けて行った。


目の前で目的の妖獣が逃げていくというのに塔矢は動かなかった。
いや、動けなかったのだ。
まるで少年の淡いグレーを宿す瞳と彼の力の片鱗に、その場に縫い止められたかのように…


ふと少年の唇が動いた。
出てくるのは少年らしい元気さと歳不相応の落ち着きさが同居した、不思議と引きつけられる声。

「お前術者だろ?人に驚かされて身を守るために、ちょこっと引掻いただけの魔を狩るのがお前等の仕事ってわけ?」

言葉の裏に『術者ってそんなにヒマなんだ』と滲ませる。

術者であることに誇りを持っている塔矢はカッとなる。

「僕は人が襲われたと通報があるなら魔を狩る、それだけだ!
君こそ術者の仕事を邪魔するとは何事だ!!」


常人ならば塔矢の冷たい凛とした声に竦んでしまうことが多い。
しかし少年は竦むどころか、敢然と塔矢の目を見て言い返した。

「オレはただ、ちょこっと引掻いたのを襲われたなんて言われて、事実確認もしない術者に消されそうな魔を助けただけだ!」



話が本当なら事実確認を怠ったのは事務の方で、塔矢のせいではないのだが、何も聞かず出てきてしまった自分にも非がある。
そう認めてしまえる塔矢は人が出来ている。
だが突然現われ、邪魔をする謎の少年の話を鵜呑みにするほど人は良くなかった。

「・・・もしそれが事実なら済まなかった。だが、その話が本当だと言う証拠はあるのか?」

問われた少年は呆れたようなイヤーな顔をする。
それを見て、ムッとする塔矢。


「証拠なんて無いけど、お前頭カテー奴だな!」
「なっ!!」

天才術者として賞賛や嫉妬の嵐を受けてきた塔矢だが、こんな風に馬鹿にされた事など一度たりとて無かった。
怒りの為、言葉がすぐ出てこない。




そうしている内に突然現われた少年は、塔矢に興味は無いとでも言う様に一瞥もくれず背を向ける。

そして、ふわりと闇に呑まれるかの様にして一瞬で消えてしまった。



   
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